- 配信日:2026.07.31
- 更新日:2026.07.31
オープンイノベーション Open with Linkers
【寄稿記事】新規事業関係者で共有したい「全体観」(前編)
はじめに
本記事は、以前『オープンイノベーション担当者で共有したい基礎知識』をご寄稿いただいた、スイス・ビジネス・ハブの羽山友治氏による「新規事業」に関する寄稿記事です。
2026年8月5日に新著『新規事業の本質 世界レベルの「理論」と「現場知」で描く全体地図』が出版されることを機に、ご寄稿いただきました。
本記事は新著の要約ではなく、書籍の核となる「なぜ新規事業において『全体観』を持つことが必要なのか」に焦点をあてて再構成していただいたものです。
「新規事業を任されたが進め方に迷っている」「CVCやリーンスタートアップなどの手法は知っているが、自社での選び方が分からない」という方へ向けて、自社の活動を正しく位置づける「全体地図」を持つメリットを解説しています。
なお、本記事は前編・後編に分かれており、今回は前編をお届けします。(後編はこちら)
新規事業担当者は、なぜ不安になるのか
「新規事業を任されたが、何を拠りどころに進めればよいのかわからない」「リーンスタートアップやコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)など、個々の言葉は知っている。しかし、自社では何を選べばよいのか判断できない」――。
私は、大企業で新規事業開発やオープンイノベーションに関わる人たちから、こうした相談を繰り返し受けてきた。
最初の頃は、必要な知識や方法論を紹介すれば、ある程度は解決すると思っていた。しかし話を聞いていくと、悩みは知識不足だけではなかった。
「成果を出せと急かされるが、出口が見えない」「この取り組みを続けてよいのかわからない」「失敗すれば社内での立場が危うくなる」。新規事業の現場には、不確実性だけでなく、孤独や焦りもある。
考えてみれば、不安になるのは当然である。
新規事業開発やオープンイノベーションを専門の仕事として長年続けてきた人は、まだそれほど多くない。社内に経験豊富な先輩がいるとも限らず、どのような知識や能力を身につければ一人前なのかについて、広く共有された基準も存在しない。
また新規事業やCVCの担当者は、着任して間もない時点から、社内外で「詳しい人」として扱われる。ところが本人は、十分な教育を受けたわけでも、長年の経験を積んだわけでもない。その状態で、経営層への説明や制度設計、協業先の選定、投資判断まで求められる。
不安にならないほうが不思議である。
その結果、社内公募制度を任された人は社内公募について、CVCを任された人は投資について、アクセラレータープログラムを任された人はその運営について、手探りで学んでいく。
自分の担当範囲については詳しくなる。しかし、それが新規事業全体の中でどのような位置を占め、ほかにどのような選択肢があるのかまでは見えにくい。
手掛かりがないため、他社の取り組みを参考にする。CVCが注目されればCVCを、アクセラレータープログラムが話題になればアクセラレータープログラムを始める。
もちろん、他社から学ぶこと自体に問題があるわけではない。ただ、他社で機能した仕組みが、自社でも同じように機能するとは限らない。取り組みの目的、事業領域、組織能力、経営層の関与、利用できるリソースが異なるためである。
仕組みだけをまねても、同じ結果になるはずはない。
こうした状況で、「自分たちの進め方は正しいのか」「成果が出ないのは自分の力不足なのか」と不安になるのは、担当者個人の能力だけが原因ではない。
イノベーション関連職が、専門職として必要な知識体系や育成方法、経験の蓄積方法を、まだ十分に確立できていないことから生じる問題でもある。
この不安を小さくするために必要なのは、新しい成功事例をさらに集めることではない。まず、自分が取り組んでいる活動を、新規事業全体の中に位置づけて理解することだと考えている。
新規事業の個別知識を、実務で判断できる「全体観」へ
それでは、新規事業開発について体系的に学ぼうとすると、どのような選択肢があるだろうか。
世の中の書籍に目を向けると、Blankによる『The Four Steps to the Epiphany』(日本語訳『アントレプレナーの教科書』)のように、新規事業開発の基本を学べる世界的な入門書がある。
国内でも、著者自身が事業を立ち上げた経験や、企業内で新規事業を推進した経験をもとに、具体的なノウハウや教訓を紹介する書籍が数多く出版されている。
こうした本は、現場で何が起きるのかを知り、最初の一歩を踏み出すうえでは役に立つ。
一方で、研究開発をバックグラウンドに持つ人であれば、一人または一社の経験から一般的な結論を導くことに、多少なりとも違和感を持つのではないだろうか。
ある企業で社内公募制度が成功したとしても、その背景には、経営者の強い関与、豊富なリソース、優れた担当者、既存事業との関係、たまたま存在した市場機会など、さまざまな条件がある。
それらを切り離して、「この会社ではこの方法で成功した。だから自社でも同じことをすればよい」と考えるのは危うい。
さらに知識を深めようとすれば、リーンスタートアップ、デザイン思考、エフェクチュエーションなどの方法論や、CVC、アクセラレータープログラム、ベンチャークライアントなど、個別のテーマを詳しく扱った専門書も存在する。
リーンスタートアップの本を読めば、リーンスタートアップには詳しくなれる。CVCの本を読めば、CVCには詳しくなれる。
では、新規事業全体の中でどのようにつながっているのか。
「個別の新規事業プロジェクトを進める方法論」と、「企業として継続的に新規事業を生み出す仕組み」は、どう関係しているのか。CVC、アクセラレータープログラム、ベンチャークライアントは、どのような目的で使い分けるべきなのか。
そこから先は、読者自身が多数の書籍や論文を読み、知識を組み立てなければならない。
ただ私が決定的に足りないと感じてきたのは、入門書と個別の専門書の間をつなぐ本である。
英語圏に目を向ければ、Viki、Toma、Gonsによる『The Corporate Startup』(日本語訳『イノベーションの攻略書』)のように、企業におけるイノベーション活動を全体として捉えようとする書籍もある。
しかし、日本企業の組織構造や意思決定、社内新規事業の進め方を踏まえながら、研究知と実務知を横断的に整理した日本語の書籍は限られている。
この間を埋めるものがなければ、担当者は自分の担当領域については詳しくなっても、新規事業全体を見渡して判断することが難しい。
ここで、補足のために、発達心理学者のFischerが示した能力発達の考え方を簡潔に紹介したい。
Fischerは、能力が発達する段階の1つとして「抽象システム」のレベルを示している。これは、ある事物について複数の抽象的な特徴を捉え、それらを互いに関連づけることができる段階である。
私がこの理論を持ち出すのは、全体観を「広く浅く知ること」と混同したくないためである。
リーンスタートアップとエフェクチュエーションを個別に説明できるだけでは足りない。それぞれがどのような不確実性に強く、どの段階で使い、何と組み合わせるべきかを考えられて、初めて実務で使える知識になる。
CVCとベンチャークライアントについても同じである。名称と概要を知っているだけではなく、何を目的とする手法で、どのような条件で有効なのかを比較できなければならない。
全体観を持つとは、すべての領域の専門家になることではない。
自分が担当する領域を深く理解すると同時に、それが新規事業活動全体のどこに位置し、前後左右にどのような論点があるのかを把握することである。
個別の知識を増やすだけでは、「知っている手法」が増えるにすぎない。専門職として必要なのは、複数の知識を関連づけ、自社が置かれた状況を整理し、選択肢を比較して判断できることである。
そのためには、新規事業をどこまでの広さで捉えるべきかを示す、全体の地図が必要になる。
本記事の詳しい内容や、新規事業を「内部」「外部」「上位環境」という3つの活動レイヤーで整理した具体的な「全体の地図」については、2026年8月5日発売の書籍『新規事業の本質 世界レベルの「理論」と「現場知」で描く全体地図』で紹介しています。興味のある方は、上記リンクからお求めください。
記事後編では、ベンチャー企業との協業やエコシステム形成など「新規事業をどこまでの広さで捉えるべきか」や、関係者で共通言語を持つ重要性について解説しています。
【著者紹介】
羽山 友治 氏
スイス・ビジネス・ハブ 投資促進部 イノベーション・アドバイザー
チューリヒ大学 有機化学研究科 博士課程修了。複数の日系/外資系化学メーカーでの研究/製品開発に加えて、オープンイノベーション仲介業者における技術探索活動や一般消費財メーカーでのオープンイノベーション活動に従事。戦略策定者・現場担当者・仲介業者それぞれの立場からオープンイノベーション活動に携わった経験を持つ。
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