• 配信日:2024.03.29
  • 更新日:2024.04.10

オープンイノベーション Open with Linkers

【寄稿記事】オープンイノベーション担当者で共有したい基礎知識

はじめに

今回記事を寄稿いただきました羽山友治氏は、複数の日系/外資系事業会社でオープンイノベーションに取り組み、私どもリンカーズに近しいオープンイノベーション仲介業者においても複数の組織でサービス提供に携わってこられた方です。このように多様な立ち位置でオープンイノベーションに関与してきた羽山氏が、オープンイノベーションに関する書籍『オープンイノベーション担当者が最初に読む本 外部を活用して成果を生み出すための手引きと実践ガイド』を出版されました。
この書籍で語られている内容について、羽山氏の知見もふまえてオープンイノベーションについての本記事を寄稿いただきました。

オープンイノベーションに対する課題感


私(羽山氏)が本分野に関わり始めた 10 数年前、オープンイノベーションといえば、大企業が研究開発における生産性の向上を目的として、足りない技術をアカデミアの研究者や中小企業に求めるものであった。一方で現在では大企業が主体であることは同じであるものの、目的が新規事業の創出に代わっており、ベンチャー・スタートアップ企業(以下ベンチャー企業)が主なパートナーとなっている。

コーポレートベンチャーキャピタル( CVC )やアクセラレータプログラム、大学との包括連携協定、そして新規事業開発やデジタルトランスフォーメーション( DX )の文脈で頻繁にオープンイノベーションという言葉が使われている。人によって理解や定義が異なり、コミュニケーションが難しい。このような状況では分野として進歩しない。その状況を打開するためには共通言語が必要と考えた。

オープンイノベーションに関する情報源

現時点で流通している情報源には大きく分けて3種類あるが、それぞれに十分でない点がある。研究者が書いたものは背景知識がないと読みづらいし、日々の業務からは遠過ぎる。そもそもオープンイノベーションを提唱した Chesbrough(チェスブロウ)が 2020 年に出版した「Open Innovation Results」ですら、日本語に訳されていない。論文を含めた研究報告の大半は英文の学術雑誌に掲載されており、読み込んでいくには膨大な時間が必要となる。

企業でオープンイノベーション活動を推進してきた人々による書籍やセミナーは、自身の経験を元にした個別具体的な内容が多く、汎用性の点で難がある。そもそもこれらは基礎的な理解があって初めて役に立つものと思われる。

企業にサービスを提供するオープンイノベーション仲介業者の手によるものは、自社のサービスを中心に議論を組み立てがちである。加えて両者ともに、アカデミアの議論をフォローしているようには見受けられない。

そこで、実務家にオープンイノベーションに関して議論される際の拠り所としてもらいたいとの想いを持って、『オープンイノベーション担当者が最初に読む本 外部を活用して成果を生み出すための手引きと実践ガイド』という書籍を書いた。数 100 報の論文や数 10 冊の書籍を参考にしながらも、あくまで実務家がオープンイノベーションに向き合うときに役立つ知識に絞って紹介している。また全体像を理解してもらうため、従来の書籍では触れられてこなかったような内容も幅広く取り上げている。

本記事では、本書の中から一部、以下の3つの話題を紹介する。

  • ・オープンイノベーションの定義
  • ・オープンイノベーションの手法
  • ・オープンイノベーションの事例

オープンイノベーションの定義


【寄稿記事】オープンイノベーション担当者で共有したい基礎知識

最初の話題は「オープンイノベーションとは、大企業がベンチャー企業と協業することではないのか?」という疑問に答えるものである。オープンイノベーション活動では協業パートナーは、ベンチャー企業に限らない。アカデミアの研究者や中小企業を含めて、社外のあらゆる個人・組織が対象となる。また、新規事業開発に限らず既存事業での生産性の向上などにも活用できる。

オープンイノベーションを取り上げた本書では、「対象をベンチャー企業に限定したオープンイノベーション活動」をコーポレートベンチャリングと定義しており、主に新規事業の創出を目的として実施されている。あくまでもオープンイノベーション活動のサブカテゴリーという位置付けにあり、コーポレートベンチャリングをオープンイノベーションの全てと捉えることは正確ではない。

オープンイノベーションの手法


またコーポレートベンチャリングの中に様々な手法がある。よく話題に上がる CVCアクセラレータプログラムだけでなく、ベンチャークライアントベンチャービルダーなどもあり、それぞれに特徴が異なっている。自社が置かれた状況に応じて適切に使い分けるためには、前提条件としての全体像の理解が欠かせない。この辺りについては、グローバルの取り組みを調査した研究をいくつか紹介している。

例えば 2019 年の Prats の報告では、各手法が要する時間とコストに関して米国・欧州・アジアの大企業に対してインタビューした結果が紹介されている。そこでは CVC やアクセラレータプログラムが1つの機会を生み出すのに約 4,000 万円掛かっているのに対して、ベンチャークライアントは約 600 万円となっている。またベンチャー企業の成熟度によって有効な手法が異なることも明らかにされている。

次はオープンイノベーションコンテストである。耳慣れない言葉であるかもしれないが、いわゆる募集によって協業パートナーを求める手法を指している。「(主に組織外の)不特定多数の人々に公募を通して業務を委託する」ものとして定義されるクラウドソーシングの1つの型である。直感的に分かりやすい手法であるが、Google 検索に代表されるパートナーの探索手法との違いを説明できる人がどれだけ居るだろうか。

本書ではその成り立ちに加えて、なぜ今になって見直されているかについても簡潔に紹介している。またオープンイノベーション活動を実践する組織がどのように活用すればよいかを、「基本事項の設計」「開始・認知活動を通じた提案の収集」「提案の評価」「協業パートナー候補との交渉・協業プロジェクトの開始」の、4つのステップに分けて詳細に解説しており、継続的に活用するための場としてのオープンイノベーションポータルサイト、オープンイノベーション仲介業者との関係性、生成 AI がもたらす影響などについての議論も展開している。

最初の「基本事項の設計」では、実施にあたっての準備を行う。
具体的には、以下を検討する。

  • ・シーズの要件
  • ・協業パートナーの種類(アカデミア/企業や国内/海外など)
  • ・モチベーションを上げる仕組み(賞金/研究開発費など)
  • ・協業の枠組み
  • ・採用する提案数
  • ・募集期間

集まる提案の質は定義されたシーズの要件に大きく依存する。母集団の範囲を広げると、新規性のある提案が増えるとともに的外れなものも多くなる傾向にある。

続く「開始・認知活動を通じた提案の収集」では、ウェブサイト/プレスリリースによる告知や電子メール/郵便によるパンフレットの送付、SNS /メディア広告の活用など、さまざまな手法を用いて募集を認知させていく。必ずしも幅広い対象に働きかける必要はない。例えばアカデミアの研究者を対象に募集する場合、論文データベースなどを使って候補者を限定できるなら、電子メールなどで個別にコンタクトしていくことも有効である。

その後の「提案の評価」においては、基本的にはニーズ元の担当者が判断すればよい。必要に応じて提案評価チームを編成する場合もあるが、意思決定を素早くするため、少人数が望ましい。最初に明らかに対象外となる提案を除き、残った提案者に対して適切な質問をして理解を深めていく。選外となった提案でも、組織内の他部門で活用できる可能性がある。

最後に「協業パートナー候補との交渉・協業プロジェクトの開始」以後は、通常のオープンイノベーション活動のプロセスと同じように進めればよく、本手法に特有のものはない。並行して複数の交渉を進めていくと時間が掛かり長引きがちになるが、協業パートナーのモチベーションの低下につながる可能性があるため、注意しておきたい。相手のほうから提案してくれたことに感謝しながら、ひたすら真摯に向き合っていくとよい。

オープンイノベーションの事例


【寄稿記事】オープンイノベーション担当者で共有したい基礎知識

3つ目の話題はこれまであまり取り上げられてこなかった組織のオープンイノベーション活動や海外企業の事例に関するものである。従来の書籍の多くは主に研究開発部門を持つメーカーを前提としているが、昨今ではサービス系企業などの非メーカー系大企業や中小ベンチャー企業、大学・政府/自治体のような非営利組織にもオープンイノベーション活動が広まってきている。

中小ベンチャー企業のオープンイノベーション活動では、仲介サービスを使ううえでの資金や人材などのリソース面が課題となりがちである。また大企業と比べると知名度に劣ることから、協業パートナーを惹きつける力が弱い。他方で組織が小さいことからトップダウンによる全社的な変革への意思の統一が容易であり、大企業よりも短期間でオープンイノベーションを根付かせられる可能性がある。

海外企業に関しては、デンマークのビールメーカーである Carlsberg(カールスバーグ)がベンチャー企業と協業した事例を取り上げる。Carlsberg は環境フットプリントを大幅に削減するために、生物分解性繊維を用いたボトルを開発したいと考えていた。一方でパッケージング事業に参入する意向はなかったことから、ベンチャー企業に対して直接投資の代わりに専門性や技術要件を提供し、顧客となることを約束する戦略を採用した。さらにはベンチャー企業の外部資金の獲得を支援することに加えて、開発された技術の先買権を保有するに留めることで、ベンチャー企業が Carlsberg 以外の企業に権利を提供できるようにした。

昨今では様々な企業が SDGs を目標とした取り組みを進めているが、必要な技術を社内に持っておらず、かつその技術を所有・展開するつもりがない場合も多いのではないだろうか。本事例は補完的な製品や部品の開発にボトルネックがあるものの、そのための専門性を獲得するリスクやコストが高過ぎる場合に有効な方法として参考になる。また大企業は行動するだけで社会課題に対して大きく貢献できる可能性を示している。

以上3つの話題を取り上げたが、少しは参考になっただろうか。そのほかにも様々な内容が含まれているため、興味を持った人は是非本書を読んでほしい。ちなみに一部の内容は、2023 年7月〜9月に掛けて ASCII.jp の連載記事で確認できる。

【著者紹介】

【寄稿記事】オープンイノベーション担当者で共有したい基礎知識

羽山 友治 氏
スイス・ビジネス・ハブ 投資促進部 イノベーション・アドバイザー

2008年 チューリヒ大学 有機化学研究科 博士課程修了。複数の日系/外資系化学メーカーでの研究/製品開発に加えて、オープンイノベーション仲介業者における技術探索活動や一般消費財メーカーでのオープンイノベーション活動に従事。戦略策定者・現場担当者・仲介業者それぞれの立場からオープンイノベーション活動に携わった経験を持つ。NEDO SSAフェロー。

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