• 配信日:2024.04.25
  • 更新日:2024.04.25

オープンイノベーション Open with Linkers

【寄稿文】学びあうオープンイノベーション~新しいビジネスを導く「テクノロジー・コラボ術」~

本記事は『学びあうオープンイノベーション ~新しいビジネスを導く「テクノロジー・コラボ術」~』の著者、川崎真一氏と古庄宏臣氏から寄稿いただきました。川崎氏は、材料分野における新技術の研究開発に従事し、その成果を事業化することによって新規事業を創出してきました。また、古庄氏は、知的財産を活かしたオープンイノベーションを推進し、異業種間での新規用途への知的財産の転用を提案することで新規事業開発を支援してきた経験を持っています。これらの経験豊富な著者たちが上梓された書籍にある「オープンイノベーションの成功」について、要約して語っていただきました。

はじめに


2000 年代初頭、ヘンリー・チェスブロウ氏が「オープンイノベーション」を唱え、この考え方は、新しいビジネスを生み出すことに苦心していた日本のモノづくり企業にとって閉塞感を打破する処方箋のように受け入れられ、多くの企業で推進する取り組みが行われました。ところが、オープンイノベーションの本質が理解されないまま、日本のオープンイノベーションはある種の混乱を交えながら進められ、結果、多くの企業が前向きに取り組んだにも関わらず、それに比例する多くの成功例を出すことはできませんでした。このオープンイノベーションが上手くいかない要因は、日本のモノづくりにおける本質的な課題を浮き彫りにするものといえます。

一方で、このオープンイノベーションは、やり方によっては日本人の強みを活かせる新しいモノづくりのスタイルになりえると考えました。そのためには、これまでとは違った着眼が必要であり、これを「学びあうオープンイノベーション」と題しました。

なぜオープンイノベーションはうまくいかないのか


多くの日本のモノづくり企業では今も自前主義の思想が根強く残っており、自前主義の思想が残る中で形だけのオープンイノベーションを取り入れたことが、オープンイノベーションが上手く機能しなかった要因の一つといえるのではないでしょうか。

自前主義にこだわる問題の本質は、外部の知見・技術を借りることは恥であり、自分達の技術の否定につながるという “ 錯覚 ” に陥り、それによって技術の活かし方の可能性を狭めてしまうところです。自分達だけでできる領域に限られてしまうため、新しいビジネスの選択肢が限られてしまうのです。そうではなく、未経験の領域に挑戦する際は、最初から外部の知見・技術を大いに活用して、新しいビジネスの可能性を広げるべきです。自分達ではできないところは貪欲に外部から学び進化していけばよく、オープンイノベーションにおいて重要なことは外部から “ 学ぶ ” ことにあると考えます。

よく「脱自前主義」といわれますが、この「脱自前主義」の本質は、自前のモノづくりを完全に放棄することではなく、自前の技術と外部の技術を上手く組み合わせて最強の製品を作ることにあります。決して自前開発が悪いのではありません。
そして、オープンイノベーションとは目的ではなく手段です。新しいビジネスを開発する場合、まずは自社の強み、特に技術的強みは何なのかを明らかにし、その強みをどのように活かすかが基礎となります。その強みを活かす新しいビジネスを構想し実現するうえで、何が自社に不足しているのかを把握し、「誰から何を学ぶか」を明らかにしてオープンイノベーションを推進することになります。

またオープンイノベーションの価値は、異なる企業の技術が融合することにあります。しかし、技術の融合前にすべきことは人と人との融合です。人と人とが融合するための接着剤となるのは「信頼関係」です。この信頼関係の構築を “ 軽視 ” していなかったかどうかです。他社、特に異業種の他社とコミュニケーションをとろうとすると、言葉が通じない、時間感覚やモノの考え方といったカルチャーの違いが顕在化します。そうした違いを乗り越えるためには、技術の話をする前に、まずは信頼関係の醸成に尽力すべきです。

なぜオープンイノベーションが必要なのか


インターネット・SNS によって瞬時に情報が世界中を駆け巡り、良いアイデアは組織の枠だけでなく国境を越えて共有されることでテクノロジーが指数関数的に進化する現代では、外部の力を上手く活用する企業こそが「新結合=イノベーション」を飛躍的に拡大させ成功を収めていっています。

このように情報が瞬時に世界中を駆け巡るようになり、良い製品は瞬く間に売れるため、あらゆる業種で製品ライフサイクルが短くなり、ビジネスの賞味期限は短くなっています。つまり、製品ライフサイクルの短縮化によってビジネスとして収益を得られる期間は限られ、研究開発にはよりスピードが求められる時代になったといえます。例えば、ディスプレイをみると、図のように、ブラウン管の時代では 40 年以上、安定した収益を稼げる期間がありましたが、液晶や OLED(有機 EL ディスプレイ)の時代には、収益のピーク期間が一気に短くなり、いかに短期間で収益を得られるかが重要となりました。

出典:書籍『学びあうオープンイノベーション 新しいビジネスを導く「テクノロジー・コラボ術」』内、図4-1より(カラー版)
出典:書籍『学びあうオープンイノベーション 新しいビジネスを導く「テクノロジー・コラボ術」』内、図4-1より(カラー版)

外部と連携する必要性はスピードの確保だけではありません。外部の知と融合することで画期的なアイデアにより新しいビジネスを生み出せる可能性を高めることが重要です。専門分野の異なる人が集まると革新的なイノベーションが生まれる可能性が高まる一方で、失敗するリスクも高まるといわれています。この失敗リスクを下げるためには、よりメンバーの専門性が高いことと、共通の理解があることが必要ではないでしょうか。つまり、各社の「強み」と「強み」が融合し、お互いに理解し合える工夫・取組を行えば、失敗リスクを下げて革新的なイノベーションを生み出す可能性が高まるといえます。

オープンイノベーションを成功させるうえで必要なものとは


日本企業の特長を活かしてオープンイノベーションを成功させるためには、三つの基本要素が必要です。

一つめは、オープンイノベーションとは “ 対等な関係 ” の提携でなくてはならないということです。この“対等な関係”がなかなか難しく、提携相手を見下してしまうようなケースがあります。それでは「一緒にやっていこう」とはならないです。

二つめは、オープンイノベーションとは、対等な関係だからこそ、お互いに相手から “ 学ぶ場 ” でなくてはならないということです。学びあうためには、お互いに相手に学んでいただく「強み」がなければいけません。そして、その強みは相手に対して「オープン」にできるものでなければならないのです。オープンにできるかどうかの判断の前に、そもそも自社の「強み」を把握していない企業が多いです。

そして三つめは、オープンイノベーションとはゴールが “ Win-Winの関係 ” でなくてはならないということです。オープンイノベーションとは、“ 対等な関係 ” でスタートし、オープンイノベーションを推進していく中でお互いが学びあい、そしてゴールは両者が勝者になることに価値があります。片方の企業だけが成果を独占すれば、もう片方の相手には不満が残ります。

新しいビジネスを導く“テクノロジー・コラボ術”とは


両者が勝者になるには、ゴールである「 Win-Win の関係」をいかにして設計していくかが課題となります。自社の強みを活かし、他社の強みも活かすことで自社の弱みを克服する「戦略的なテクノロジーの融合」をまずは自社の観点から描き、その描いた構想を実現できる適切な相手を見極め、その相手を踏まえた具体的な Win-Win の関係を構築する知的財産(ノウハウや情報資産を含む)の組み合わせをプランニングします。そのうえで提携相手のビジネスも踏まえた成果の配分設計を行います。一方で、ビジネスとは思い描いた通りにはならないことから予めリスクも考えておく必要があります。このような両者が勝者になるための設計からリスクマネジメントも含めた成果の配分までの手法を「新しいビジネスを導く “ テクノロジー・コラボ術 ” 」と呼びます。

オープンイノベーションを推進するための土台づくり


自社の強みを再定義する

先にも述べた通り、強みがなければオープンイノベーションはできません。モノづくり企業で強みといえば、まずは技術的強みの把握が必要でしょう。そのための技術の棚卸を実施されている企業は多いと考えられます。しかし、技術の棚卸を “ 技術の整理 ” だけで終わっていないでしょうか。

技術の価値とは、顧客がメリットを感じるものを生み出すところにあります。そのため、顧客目線で技術を評価してこそ本当の価値が見いだせます。そして、それをどう活かすかというプロセスにおいて、この価値に対する目線を変えることで技術転用の可能性を引き出し、それにより新たなビジネスの可能性が見えてきます。そこでは、自分達にできることに限定しないことが重要です。

受け身体質を脱却する

“ 対等な関係 ” になれない様々な要因の中でも大きな要因の一つと考えられるのが組織としての「受け身体質」です。「こういうものを作って」と言われ、それを作る中での改善工夫はあるとしても、言われたものを作るだけの受け身の組織を「対等な関係」として接する企業はいないでしょう。

何を学ぶか明らかにする

学びあうためには、まず自社がオープンイノベーションを通じて何を学ぶ必要があるかを明らかにしておかなければなりません。そのためには、自社で不足していることを把握することからになります。ただし、こうしたことは実際に進めてみて、自分達にはできないと理解するケースも多く、まずは自分達で色々とトライしたうえで、「前向きなあきらめ」が必要な場合もあります。

これからのオープンイノベーション


モノづくり企業はこれからどうしていくべきか

ホームページ等で「うちのコア技術はこうです」という会社はありますが、では同業他社と比べてどうなのかです。コアバリューは何で、核心部分は何で、これから社会に対してどのように貢献できるのかを突き詰めることが必要です。「コアバリュー」「自分達はこうありたい」「社会的課題」の3つを掛け算して、その中でどういったところに行くかというラフな設計図を描くべきで、さらに、それを実施するにあたっての道具として「オープンイノベーション」をいかに活用していくかが肝要です。

学びあうためには敬いあうこと

学びあうためには、お互いに敬いあうことが必要です。この敬いあうことができるのは日本人の特長といえるかもしれません。オープンイノベーションは、互いに寄ればできるものではなく、オープンイノベーションの前にすべきことがあります。それが強みの把握です。この強みを把握したら、それ以外は弱みといえます。つまり、強みの把握とは、裏を返せば弱みの把握にもなる訳です。

多くの人は「自分が一番だ」と考えているところがあります。しかし、それは狭い世界しか視ていない、自分が視えている範囲内での「一番」ではないでしょうか。だからこそ、自らを知る意味でも、自分達の「弱み」も把握しておく必要があります。そして、この自分達の「弱み」を把握してこそ、自分達にないものを持っている相手を「敬う」ことに繋げていくことができるのです。そうして相手を敬うことができてこそ、学びあうことができ、学びあうことでオープンイノベーションを成功に導くことができることから、まずは “ お互いに相手を敬いあう ” ことが大事だと考えます。

技術者は、広い世界を視るべきです。オープンイノベーションを通じて、異なる業界・業種の人達と接して議論し、異なる考え方に触れることでお互いに刺激しあって、物の視かたが変わることで視座が高まります。大事なのは、この視座を高めることです。自分のポジションよりも二段高いところに目線を引き上げることです。そして、“ 敬いあう関係 ” になるためには、相手に対して隠しごとをしていてはダメです。これは、全てをオープンにせよという意味ではなく、“ 徹底した秘密主義 ” では広がりがないということです。

技術立国日本の復活に向けて

自前主義から脱却して仲間を集め、互いに「学び」「敬う」ことで新たな価値を創っていくモデルというのは、実は、「三方良し」の哲学を有する近江(おうみ)商人や、匠のプロフェッショナルが互いに協力して作品やサービスをつくり上げてきた日本の伝統工芸・伝統文化といった昔ながらの日本の伝統的ビジネスモデルだったといえるのかもしれません。

ここで改めて、海外から刺激を受ける形で取り入れたオープンイノベーションについて、未だ多くの人の心に脈々と流れているはずの “ 日本の良さ ” や “ 日本流 ” を見つめなおすことで、技術立国といわれた日本の復活への道筋を見出し、世界が注目する冠(かん)たる地位を築くことができるのではないでしょうか。

【補足】
本記事のお話について、詳しい内容をご希望の方は、以下の著書をご参照ください。
・『学びあうオープンイノベーション 新しいビジネスを導く「テクノロジー・コラボ術」』(日経BP 日本経済新聞出版)

【著者紹介】*五十音順

【寄稿文】学びあうオープンイノベーション~新しいビジネスを導く「テクノロジー・コラボ術」~

川崎真一(かわさき しんいち)氏
前 株式会社 KRI 代表取締役社長、
2024年4月より一般財団法人 大阪科学技術センター/博士(工学)

京都大学大学院工学研究科修了。1989年大阪ガス株式会社入社。エレクトロニクス、エネルギー・環境等の領域で主に材料分野の新技術の研究開発に従事。開発品の事業化による新規事業創出も担務。
出願特許は500件以上。京都工芸繊維大学 特任教授、シニア・フェローを歴任。
共同執筆:『長もちの科学』(京都工芸繊維大学 長もちの科学研究センター編/2015年/日刊工業新聞社)など

【寄稿文】学びあうオープンイノベーション~新しいビジネスを導く「テクノロジー・コラボ術」~

古庄宏臣( ふるしょう ひろおみ)氏
知財務株式会社 代表取締役

1989年大阪工業大学卒業、大阪ガス株式会社入社。導管設計、事業計画、情報システム開発、知的財産業務に従事。特に知的財産を活かしたオープンイノベーションを推進した。2006年同社を退社して現職。企業が有する知的財産を既存事業とは異なる業界の新規用途に転用することを提案、新規事業開発の支援を数多く手がける。2013年より関西学院大学 専門職大学院 経営戦略研究科 兼任講師も務め、知的財産戦略を教える。
共著:『巨大企業に勝つ5つの法則』(2010年/日経プレミアシリーズ)

オープンイノベーションを支援するリンカーズの各種サービス

技術パートナーの探索には「 Linkers Sourcing(リンカーズソーシング)」
Linkers Sourcing は、全国の産業コーディネーター・中小企業ネットワークやリンカーズの独自データベースを活用して、貴社の技術課題を解決できる最適な技術パートナーを探索するサービスです。ものづくり業界の皆様が抱える、共同研究・共同開発、試作設計、プロセス改善、生産委託・量産委託、事業連携など様々なお悩みを、スピーディに解決へと導きます。

技術の販路開拓/ユーザー開拓には「 Linkers Marketing(リンカーズマーケティング)」
Linkers Marketing は、貴社の技術・製品・サービスを、弊社独自の企業ネットワークに向けて紹介し、関心を持っていただいた企業様との面談機会を提供するサービスです。面談にいたらなかった企業についても、フィードバックコメントが可視化されることにより、今後の営業・マーケティング活動の改善に繋げていただけます。

技術情報の収集には「 Linkers Research(リンカーズリサーチ)」
Linkers Research は、貴社の業務目的に合わせたグローバル先端技術調査サービスです。各分野の専門家、構築したリサーチャネットワーク、独自技術データベースを活用することで先端技術を「広く」かつ「深く」調査することが可能です。研究・技術パートナー探し、新規事業検討や R&D のテーマ検討のための技術ベンチマーク調査、出資先や提携先検討のための有力企業発掘など様々な目的でご利用いただけます。

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