• 配信日:2022.10.13
  • 更新日:2022.10.18

オープンイノベーション Open with Linkers

イノベーション事例~小田急電鉄の取り組みを徹底解説

この記事は、リンカーズ株式会社が主催した Web セミナー「~ 小田急電鉄から学ぶ ~ オープンイノベーション徹底解剖」のお話を編集したものです。
ウェビナーでは、小田急電鉄株式会社 執行役員の久富 雅史 様に「『安全第一』の企業風土からイノベーションを生み出す」というテーマでお話しいただきました。
イノベーションに興味のある方は、ぜひご覧ください。

小田急電鉄のイノベーションの歴史


イノベーション事例~小田急電鉄の取り組みを徹底解説

小田急は東京の西側から神奈川県一帯を事業エリアにしており、運輸業を中心に流通・不動産・ホテルなど様々な事業を運営しています。
小田急線の沿線には 27 市区町があり、人口は約 520 万人に上る非常に大きな経済圏です。
私の所属している経営戦略部では、中長期計画の策定など経営企画業務と風土改革を実践するとともに、新規事業創造を平行しておこなっています。まず、新規事業をいくつかご紹介させていただきます。

「次世代モビリティ領域」でのイノベーション


イノベーション事例~小田急電鉄の取り組みを徹底解説

「次世代モビリティ領域」として、大きく分けて2つの取り組みを行っています。
1つは「統合型」で、移動手段や目的をシームレスに連携させる、いわゆる MaaS で、サービスをより良くしていくことを目標にしています。
もう1つは「次世代サービス型」で、テクノロジーを活用して新しい交通サービスを生み出していく取り組みです。
今回は MaaS の取り組みを例として紹介します。

次世代モビリティの取り組みの例:MaaS アプリ『 EMoT』

イノベーション事例~小田急電鉄の取り組みを徹底解説

小田急では MaaS アプリ『 EMot (エモット)』を開発しました。「Mobility with Emotion 」を短縮して『 EMot 』という名前が付けられています。
『 EMot 』は日々の行動の利便性を高め、新しい生活スタイルや観光の楽しみ方を見つけられるアプリです。
『 EMot 』を使った取り組みとしては、まず小田急グループでのデジタルチケットの拡充が挙げられます。

イノベーション事例~小田急電鉄の取り組みを徹底解説

加えて、他の鉄道会社様との連携や、小田急沿線の施設との連携拡大も行っています。
MaaS アプリ・ Web への機能提供ということで、『 MaaS Japan 』というオープンな共通データ基盤の中にデジタルチケットの管理機能や決済機能などを盛り込み、外部の鉄道会社様が『 MaaS Japan 』に接続することで MaaS の展開をスピーディに進めることが可能となっています。すでに東武鉄道様や遠州鉄道様などにご利用いただいている状況です。

「まちづくり領域」でのイノベーション


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「まちづくり領域」での新規事業として、ウェイストマネジメント事業( WOOMS :ウームス)を行っています。循環型社会の実現において、廃棄物の収集・運搬の課題にフォーカスした事業です。
多くの自治体からは「ごみの収集を担当する社員の採用や委託先の確保が難しい」という意見を伺います。
最近は環境への意識の高まりからリサイクルを進めたいという自治体や事業者が増えていますが、そもそもリサイクルできる資源の確保が難しいのです。

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そこで私たちがこれまで地域に根ざした鉄道・不動産などのインフラ事業で得たノウハウを活用して、廃棄物の収集・運搬が直面する人手不足などの課題をデジタルで支援しようと、2021 年9月に事業化しました。
現在、小田急沿線に限らず広く営業活動を進めています。

ウェイストマネジメントの2本の柱

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ウェイストマネジメント事業には2本の柱があります。
1つが「収集・排出サポート」で、ごみの収集・運搬の効率化を支援するサービスです。アメリカの RUBICON 社との業務提携により、持続可能な収集体制の実現をワンストップでサポートするシステムを提供しています。どうやってごみ収集車の積載量を適正に増やすのか、ゴミを集めた拠点から焼却場へ輸送する回数を減らせるのかなどをシステムを使ってサポートします。あわせて、ペーパーレス化など管理のサポートをするシステムも提供しています。

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もう1つが「資源循環のサポート」で、効率化によって生み出された余力を活用して資源循環を高める施策を提供するサービスです。リサイクル量の増加や可燃ゴミの減量に向けて、可燃ゴミと一緒に出されていた剪定枝や紙おむつを、先ほどのシステムを使って生まれた余力でリサイクル率の向上に貢献できます。
また啓発活動の拡充ということで、例えばごみ問題の解決ワークショップをお子さん向けに開催し、その際に使う教材の提供も行っています。

イノベーション事例~小田急電鉄の取り組みを徹底解説

リサイクルできる廃棄物の効率的な収集・運搬は、家庭ごみだけでなく企業の廃棄物に対しても活用可能です。実際に小田急電鉄は、バイオジェット燃料製造サプライチェーンモデル構築に向けた実証事業に参加しています。

「くらしの領域」でのイノベーション


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「くらし領域」での新規事業として、地域密着型サービスプラットフォーム『 ONE (オーネ)』について紹介します。
小田急沿線エリアで暮らす・働く・学ぶ約 520 万人の方に向けて、1つの ID で多彩なサービスを提供するサービスプラットフォームを構築しました。
2022 年4月から小田急線に乗るとポイントが貯まる「おでかけポイント」をスタートさせ、鉄道と他のサービスを掛け合わせています。特に力を入れているのが子育て応援サービスです。

イノベーション事例~小田急電鉄の取り組みを徹底解説

社員から新規事業アイデアを公募する事業アイデア公募制度『 climbers 』を 2018 年から開始しました。

イノベーション事例~小田急電鉄の取り組みを徹底解説

『 climbers 』から事業化した取り組みとしては、『いちのいち』という自治会・町内会向けの SNS や、都会の若手のハンターと農林業者をマッチングする『ハンターバンク』というサービスなどがあります。

イノベーションに小田急の経営企画部門が取り組む理由


さまざまな新規事業の創造になぜ経営企画部門が取り組んでいるのかというと、主に3つの理由があります。

1つ目が私鉄ビジネスモデルのアップデートです。
私鉄ビジネスモデルとは、「線路を引いてその上に商業施設やレジャー施設を建設したり、住宅開発をし、鉄道の輸送人員を増やす」というサイクルを回すものであり、人口増加と経済成長に支えられたモデルです。
このモデルを支えていた2つが止まることは明らかであり、私鉄のビジネスモデルのアップデートが必要であると考えました。

2つ目が経営計画策定の反省です。
私はかつて経営企画部門で中期経営計画の策定などを行っていました。当時「中期経営計画を策定しても掛け声だけでは絵に描いた餅で終わる」という経験がありました。特に小田急はトップダウンの会社ではないので、絵に描いた餅で終わらせないためには計画を実践し、結果を残すことが必要であると考えました。

3つ目が組織風土の壁を越えることです。
鉄道といえば安全第一で、社員自身が「失敗は許されない」と思い込んでしまうのは無理もないことだと思います。早稲田の入山先生が「イノベーションの起きない会社は社是や社訓に『安全』という言葉が入っている」とおっしゃられていました。チャレンジすることにブレーキがかかってしまうのは致命的なことではありますが、一方で安全を大切にすることが小田急の信頼感にもつながっています。そのため、組織風土を全否定するのではなく、組織風土を大切にした上でその壁を乗り越えていきたいと考えました。

イノベーション推進の「アプリケーション」と「 OS 」問題への対応


イノベーション事例~小田急電鉄の取り組みを徹底解説

そもそもなぜ新規事業に取り組むのかを考えると、根底には目的として経営ビジョンが事前に掲げられているべきだとは思いますが、小田急では実際にイノベーション活動に取り組みながら学びを生かして、2021 年4月に公表した経営ビジョンにその一部を反映、明文化するという順序で進めてきました。
イノベーションの推進については、Japan Innovation Network で伺った「アプリケーション」と「 OS 」の話がとても腹落ちしています。
創りたい未来を実現するために必要な「自由に構想する力」となる OS として小田急の風土や土壌にフォーカスした取り組みを、「効率的に実行する力」となるアプリケーションとしてイノベーションマネジメント制度を運用しています。
特に OS としての取り組みのうち、対話の機会を増やし心理的安全性を高める「未来創造プロセス」に全社的に注力しました。また経営戦略部門のチームマネジメントにおいても実践してきたので、こちらも紹介します。

小田急の経営ビジョン策定

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2021 年4月に「 UPDATE 小田急 〜 地域価値創造型企業に向けて 〜 」という経営ビジョンを公表しました。この中で私たちは「地域とともに成長していくこと」「お客様の体験や環境負荷などを低減すること」を通じて新しい価値を想像していく企業を目指すことを発表しています。

イノベーション事例~小田急電鉄の取り組みを徹底解説

経営戦略ビジョンの中で3つの軸を定めています。

  • ●社会・地域
  • ●経済
  • ●環境

この3つの軸を経営判断に取り入れて事業を峻別し、次の 100 年に向けて地域価値創造型企業へと事業モデルの更新を進めることを目指しています。

イノベーション事例~小田急電鉄の取り組みを徹底解説

また地域価値創造とは何かというと、関係人口や交流人口を増やし、あわせて幸福度や生活満足度の向上、そして地域の経済循環などの評価軸を高めていくことではないかと考えています。
地域価値創造を高めるための取り組みを行うにあたって、すべての事業で『 DX 』『共創』『ローカライズ』の3つの発想を徹底することを掲げています。

小田急のイノベーションマネジメント制度について

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小田急のイノベーションマネジメント制度は、社会と顧客に価値を提供していくことと、鉄道・不動産に次ぐ事業の柱の複数立ち上げを目的に 2018 年度からスタートしました。
まず未来フィールドの実現ということで、小田急がモビリティやまちづくり、くらし、観光と掛け算して、事業領域×価値でフィールドを定めた上で社会問題の解決・中長期化するニーズの解決をしていこうという取り組みを進めてきました。

イノベーション事例~小田急電鉄の取り組みを徹底解説

イノベーション戦略の対象イメージは、小田急の強みであるローカルとのつながりや、リアルな顧客接点を活かして、まちの課題を吸い上げて、それに対するソリューションを提供、スケールさせていくことです。
ただ小田急沿線が良くなればいいというわけではなく、きちんとスケールさせられるビジネスモデルを作ることを掲げています。

小田急のイノベーションプロセス

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経営戦略部の案件と事業アイデア公募案件があり、イノベーションプロセスとしてゲート管理を行っています。アイデア創出 / インキュベーション / 事業化を6段階で管理し、活動費としては投資枠(イノマネ費)を設定して、その使い方は経営戦略部長である私の権限で決められるようになっています。
アイデア創出からインキュベーションまでは試行錯誤を繰り返して、一定の規模感の事業の立ち上げを、KPI を設定して管理しています。
事業アイデア公募の『 climbers 』では、スタートから4年間で 173 の事業アイデアが集まってきました。そのうち 12 件が現在検討の途上にあります。簡単なフォーマットでエントリーできるよう工夫したり、そのあとは応募者全員と面談して経営戦略部内のメンターとアイデアを審査したりしています。
一次審査を通過した者は就業時間の 20 % を充てて、メンターとともにアイデアをブラッシュアップしていきます。
次に役員の審査を経て事業立ち上げ準備フェーズに入ります。この段階で応募者は経営戦略部に異動となり新規事業の立ち上げに専念してもらいます。

イノベーション事例~小田急電鉄の取り組みを徹底解説

また対話の機会を増やし、心理的安全性を高める「未来創造プロセス」を、全社で組織を活性化させるための取り組みとして行っています。各部門が未来志向での対話をする機会を設け、マインドセットを少しずつ変えていき、社員のイノベイティブな行動(アイデアを身近な人に相談することを含む)を促すための仕組みです。

経営戦略部のチームマネジメント

私が所属する経営戦略部はこれからの小田急に向けた実験場といっても良いでしょう。設立当初 10 名だったのが現在は 60 名になっています。
できるだけフラットな組織作りを目指し、各プロジェクトの中では Slack を活用して情報共有を密にしつつ、2〜3人程度の小さな意思決定単位で自分たちで決断していくことを大切にしています。
また、10 近い事業案件が走っているので、月1回の部内でのプレゼン会を行って進捗を発表してもらうことで、プロジェクトを跨いでノウハウを横展開させたりしています。
このような働き方の成果もあり、変化を楽しんでスピード感をゆるめず進んでいるという実感とともに、社会的なインパクトを残していこうという意欲の高まりがみられます。

小田急のイノベーション活動の成果と課題


これまで紹介してきた小田急のイノベーション活動の成果として、まず経営ビジョンで掲げた3つの軸や発想を体現する事業化案件を生み出せています。
風土という面では、2018 年に事業アイデア公募制度と同時に導入した「プロジェクト人材公募制度」を通じて、新規事業などに対して社内から約 100 名が参加してもらっています。興味あることに手を上げて挑戦し、挑戦した成果を所属する職場に還元する、手を上げた人を周囲の人たちが応援するという循環を今後も増やしていきたいです。
外部の評価としては、パートナー企業様や自治体様からスピードや柔軟性を評価していただくこともあり、大変うれしく思っています。
その一方、コロナ禍の影響を受けて、鉄道事業の業績は悪化しています。すると「まず既存事業の収支改善が先」という考え方が強まり、社内が「現状のことを優先するか、未来の事業を優先するか」という二元論に陥りがちです。
私は経営企画部門長としてコロナ対応で財務健全性を確保するために全社的に設備投資の削減をお願いする話をしながら、もう片方で自部門で新規事業を開発している状況です。そのため社内で新規事業開発が特別視され、批判をもらうこともあります。
このような状況でも、小田急に変化の兆しが見えてきています。
例えば、以前は鉄道部門に対して MaaS の使用をお願いしていましたが、最近は鉄道部門の方から「 MaaS を使ってこんなことはできないか」という依頼をもらうことがあります。社内で応援してくれる、このような兆しを拡大していきたいと思っています。
本日紹介したデジタル活用による新規事業創出のほかにも、小田急では子供 IC 運賃一律 50 円化や下北沢での地域を支援する新たなスタイルの開発事業などを進めています。お堅いイメージの業界内で挑戦を続ける小田急であり続けたいと願っています。

講演者紹介

イノベーション事例~小田急電鉄の取り組みを徹底解説

久富 雅史 氏

小田急電鉄株式会社 執行役員 経営戦略部長

【略歴】
1991 年小田急電鉄入社。
主に経理、経営企画業務に従事。2016 年 7 月から現職。
お堅い鉄道会社の企業風土改革、経営ビジョン策定に取り組むとともに、複数の新規事業開発を並行して推進。
モビリティ領域では、MaaS アプリ「 EMot 」とオープンな共通データ基盤「 MaaS Japan 」を開発し、移動しやすい社会づくりを目指している。
サーキュラーエコノミー領域では、循環型社会の実現に向けた新たな街のインフラとして、排出・収集事業者が抱える課題を解決するビジネス「 WOOMS 」を立ち上げ。
地域とともに持続可能な社会づくりを目指している。

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