• 配信日:2024.01.17
  • 更新日:2024.09.18

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生分解性素材の多様性と産業利用における最新技術事例

この記事は、リンカーズ株式会社が主催した Web セミナー『生分解性素材の多様性と産業利用~最新技術~』のお話を書き起こしたものです。

弊社では、SDGs に寄与する低環境負荷や高生体親和性を生かした生分解性素材の産業利用や開発・生成技術を調査し、その結果をまとめた生分解性素材の多様性と産業利用 – マルチクライアント調査レポート」を作成しています。このレポートの中から、注目の技術事例を一部抜粋して紹介します。

セミナーで使用した講演資料を記事の最後の方で無料ダウンロードいただけます。
生分解性素材に関する最先端の技術事例を知りたい方は、ぜひお読みください。

生分解性素材とは


生分解性素材の開発が進められてきた産業分野として、大きく2つの分野があると考えています。まず、昨今は SDGs の観点でさまざまな産業分野で生分解性素材が活用され、プラスチック、いわゆる石油由来のプラスチックの代替素材として利用する産業分野。もう1つは、石油由来のプラスチックが繁栄していた時代においても、細々と生分解性素材の発展を継続していた医療・バイオテクノロジー分野です。

なぜ生分解性素材が医療・バイオテクノロジーの分野で注目されてきたかというと、外科治療で使用されていたためです。最もポピュラーな活用事例として、縫合糸や骨折などの支持素材として生分解性素材が用いられてきました。医療分野では「バイオマテリアル」という表現を使って生分解性素材が開発されてきた歴史があります。

昨今、バイオテクノロジーの技術の進歩に伴い、培養細胞や培養肉の足場材として生分解性素材が用いられるようになってきました。

バイオマテリアルの特徴は、生体に与える負担が少なく、吸収されやすいという点です。「生体」をそのまま「自然環境」に置き換えると、まさに SDGs の到達目標の一部と合致します。例えば「有害化学物質の低減」、「低環境負荷」などです。そこで注目されているのが、石油原料製品の代替素材として生分解性素材の活用、より機能の優れた生分解性素材の開発です。

生分解性素材の利用と開発の歴史


生分解性素材の多様性と産業利用における最新技術事例

生分解性素材の歴史について重要なポイントをピックアップして説明します。

生分解性素材の歴史は非常に古く、紀元前から使われていました。例えば、家具・装飾品の接着剤にコラーゲンやアルブミン。医療分野では、亜麻や動物の組織を用いた縫合糸などが使われていました。

そこから現在に至るまで、生分解性素材を用いた新たな術式や素材が使われていました。 1891 年には、象牙を用いた股関節置換手術がドイツで行われました。同時代に、他の産業分野においては、コストが低く加工がしやすいという理由で、石油由来のプラスチック製品が生分解性素材に取って代わる流れができていました。

とはいえ、細々と生分解性素材の研究は進められており、 1932 年には DuPont が低分子量のポリ乳酸の合成に成功しています。医療では、 1967 年にはプリグリコール酸( PGA )をベースとした縫合糸が特許を取得。その7年後に製品化しました。それまで生分解性素材の縫合糸というとコラーゲンベースだったのですが、丈夫さや使いやすさから一時的に PGA の縫合糸が広く浸透しました。しかし、コストや強度という面で、やはり石油由来のプラスチック製品に取って代わられていきました。

ところが戦後になると消費が非常に増え、さらに石油が有限であることも謳われ、石油製品による健康被害なども報告されたことから、生分解性プラスチックに注目が集まり、研究開発が進みます。 1980 年当時の生分解性素材は、製品利用には強度が不十分でした。石油由来のプラスチックの代わりに何らかの製品を作ったとしても、強度が維持できず、プラスチックのように簡単に加工はできません。そのため商品として日の目を見る機会がなかなか無かったのです。しかし、イギリスの ICI という企業がポリヒドロキシ酪酸(微生物の体内で生産される生分解性プラスチックの原料)と、ポリ3ヒドロキシパレレート P を共重合することで、強度を増した生分解性素材の大量生産を可能にし、この技術を利用してシャンプーボトルを製造しました。ですが、やはり強度の問題で商品化は頓挫してしまい、石油由来のプラスチックに取って代わられることになってしまいました。

以降も、生分解性素材の強度を高めるべく、さまざまな技術が生まれました。加えて、機能性を付加することで他の生分解性素材との差別化を図る製品の開発も進み、現在では多くの企業で生分解性素材を作成するプラント開発が進みました。 1990 年代は、環境問題が大きな課題となっていました。以来、グローバルな視点で、世界中の企業が協力して「地球環境保全に取り組む」という SDGs の観点からバイオベースなど代替プラスチックに関するさまざまな取り組みが行われています。 2022 年には、欧州委員会がバイオベースなど代替プラスチックに関連する政策枠組みを発表しました。

石油由来のプラスチックの動向


生分解性素材の多様性と産業利用における最新技術事例

画像は 2017 年に発表された論文をもとに作成したグラフです。グラフにある黒線が廃棄されるプラスチックの総量。点線になっているのは、2017年以降の予想を表しています。実際、点線のような伸びではないものの、プラスチックの廃棄物は増え続けています。つまり環境に与える影響も増加しているということです。

そこで私たち人類が採用したアプローチがリサイクルです。グラフの青線がリサイクルに用いられるプラスチックの総量です。プラスチックをリサイクルすることで、廃棄されるプラスチックの総量は黒線から赤線の伸びに変わり、やや緩やかな増加量になるのではないかと予想されています。

生分解性素材の多様性と産業利用における最新技術事例

この論文でもう1つ書かれているのが、産業用途別に見る製品寿命です。論文では、用途別に見ると製品寿命が 10 年未満のものが多いとされています。生分解性素材の開発は、短寿命ですが高い機能を有している製品の開発、あるいは長寿命を見据えた製品の開発の大きく2つに分かれています。

一昔前のバイオプラスチックは、素材を天然成分に頼っていました。例えば、サトウキビ、トウモロコシなど食用作物由来の原料を何らかの科学的アプローチ(蒸留など)によりバイオエチレンを生成、その後、ラッピングやボトルなどを製造していました。これが一般的な生分解性素材のプラスチック代替素材の作り方でした。生分解性素材が注目を集め始めていた当初は、このプロセスで何も問題はなかったのですが、 2022 年に欧州委員会が、バイオベースなど代替プラスチックに関する政策枠組みを発表したことで、状況が変わります。

生分解性素材の多様性と産業利用における最新技術事例

枠組みの内容を読んでいくと、法的拘束力や罰則があるわけではないのですが、やはり欧州の企業に関してはこの政策枠組みを見据えた製品開発を行なっていくと想像されます。

バイオベースのプラスチックについては、前提として、有機性廃棄物や製造過程で生じる副産物由来の原料使用を優先する。そして、先述の砂糖原料や穀物などを使用するのも良いのですが、もっと捨てるもの、要らないものを使おうと提言されていることです。

どういう背景があるかというと、もちろん砂糖原料や穀物を使ってもいいのですが、人口増加・食糧不足になっているエリアがある、あるいは生分解性素材を作るためにわざわざ畑を作って砂糖原料や穀物を作るのは、環境保全には何の役にも立たないのではないか。役に立ったとしても、より環境を考慮した技術を目指そうということで、有機性廃棄物、農業廃棄物や森林廃棄物などを使ったバイオプラスチックを優先しようという話が、枠組みの中で語られています。

この枠組みで提言されている一例として、農業用のマルチフィルムの使用が推奨されています。生分解性かつ分解した後に農作物の肥料となるような付加価値を有する生分解性素材の開発に注目するよう促しています。

生分解性素材の多様性と産業利用における最新技術事例

最終的な目標として、ホテルの小型シャンプーなど使い捨てのプラスチックは提供をやめる。さらにプラスチックは包装に用いられることも多いので、運送用の包装やテイクアウト販売用の食器などに関しても可能な限り減らしていくと枠組みを決めて発表しました。この提言では、2030 年1月以降に再利用・詰め替えが可能な包装材の利用率の目標値を設定するとしています。これからますます、プラスチックであれば再利用、生分解性素材であれば分解した後に再利用できるような技術が求められていると捉えられます。

このような状況を鑑(かんが)みて、現時点で開発が進んでいる生分解性素材にはどのようなものがあるのか、製品化までは進んでいないけれど、大学の実験室レベルでどのような技術があるのか、すでに商品化しているものは SDGs 達成にどのような役割を果たしているのか、活用事例も併せて紹介していきます。

医療/バイオテクノロジー分野のバイオマテリアル


生分解性素材の多様性と産業利用における最新技術事例

Nobil Bio Ricerche srl の事例

生分解性素材の多様性と産業利用における最新技術事例

Nobil Bio Ricerche srl では、セラミック骨充填剤を開発しています。用途として想定されているのが、歯科インプラント用の材料です。ひと昔前は義歯が使われていましたが、最近はインプラントが広く使われるようになっています。さらに、昨今は小学生でも虫歯が無い子がたくさんいるので、歯科治療全般がインプラントや、歯の矯正の方面に舵を切っています。インプラントを入れる場合、顎の骨にインプラント用の土台を植え付けることになります。その土台と骨の間に炎症が起きることが問題となっています。そのような事態を防ぐ機能性セラミック骨充填剤を Nobil Bio Ricerche srl が開発しました。

仕組みは、ブドウの搾りかす、つまり副産物からポリフェノールを抽出してそれを多孔質セラミック粒子に加えます。するとポリフェノールによって抗菌作用・抗炎症作用が付加された骨充填剤として利用できるというものです。

別の企業では、ポリフェノールの抗菌性に注目して開発されたラップも存在します。医療分野で導入された技術が他の産業分野で応用されることもあるのです。

Pennsylvania state University の事例

生分解性素材の多様性と産業利用における最新技術事例

Pennsylvania state University では、医療分野としては相当変わった技術ではありますが、生分解性素材を用いた光ファイバーを開発しています。元々、光ファイバー自体、柔軟性が乏しかったのですが、生分解性素材を使うことで柔軟性に優れた、生体にダメージを与えない光ファイバーが開発できるようになりました。

この光ファイバーは、引張強度、弾性が非常に優れ、組成によって分解速度の調節が可能です。光ファイバーを埋め込んでから数日で分解されるのか、1年以上分解されずにそのまま残るのかを調節できます。この生分解性素材の分解速度の制御技術は、医療以外にも応用できるのではないかと思います。

Tantti Laboratory Inc. の事例

生分解性素材の多様性と産業利用における最新技術事例

Tantti Laboratory Inc. では、細胞外マトリックスを模倣した、革新的な3次元バイオスキャフォールド材料を用いたマイクロプレートを提供しています。アニマルフリーの多糖類から合成され、他の動物種の細胞や因子が含まれないことで、より厳密な実験が可能です。

3D Blotek, LLC の事例

生分解性素材の多様性と産業利用における最新技術事例

3D Blotek, LLC では、生分解性素材を用いて微細な網目状構造を構築し、細胞培養に用いる足場材を提供しています。

この足場材の優れている点は、足場材が網目状のため細胞への栄養供給がしやすく、代謝廃棄物の除去もしやすいということです。

選択的透過性の技術は、マスクのフィルターや空気清浄機のフィルター、あるいは水質管理、水の汚物除去のフィルターなどに用いることができ、これらを生分解性素材で作ることで素材そのものも自然に還っていくという、環境に優しい製品にも利用可能です。

Technion - Israel Institute of Technology の事例

生分解性素材の多様性と産業利用における最新技術事例

Technion – Israel Institute of Technology では足場材の材料として大豆タンパク質を使っています。大豆タンパク質プラス植物の細胞を使えば、完全に植物でできた培養肉が作れます。

本来の筋肉組織と同様な構造に育つような足場を培養肉に適用することで、食感が筋肉に近い培養肉を生成できるのではないか、という発想で研究・実験が進められています。

包装素材(食品、一般製品)、繊維衣類産業


生分解性素材の多様性と産業利用における最新技術事例

Queens University Belfast の事例

生分解性素材の多様性と産業利用における最新技術事例

Queens University Belfast では、生分解性の薄型プラスチックフィルムに二酸化チタンのナノ粒子を付加する研究をしています。これにより、フィルムに紫外線が当たった際に活性酸素が発生します。この活性酸素によってウイルスを死滅させる、という仕組みの抗菌フィルムです。

このフィルムに紫外線を当てた場合と、白色光を当てた場合とで実験を行ったところ、白色光を当てた場合でも殺菌作用が見られ、論文ではインフルエンザウイルスやピコルナウイルスなどを死滅できることが確認されたとのことです。

Novamont S.p.A. の事例

生分解性素材の多様性と産業利用における最新技術事例

Novamont S.p.A. では、土壌や海洋環境でも生分解性可能な植物由来原料を用いた生分解性プラスチックを提供しています。生分解性素材が注目された際に「果たして生分解性素材で作ったものがどれくらいの期間で自然に還るのか」「どういう環境で分解されるのか」が注目されました。なぜなら、長い時間をかけて分解される場合、環境に与える影響が少なくないからです。そういう点で、分解する環境条件が厳しい場合は、生分解性素材の売り文句としては適していないといえます。

その後どのようなキャッチコピーが製品に使われるようになったかというと、「土壌でも海洋環境でも生分解性可能」というもの。「海洋でも」というのがポイントです。もともと、生分解性素材は土壌中の微生物によって分解されることを想定しています。ところが、昨今は海洋汚染も大きな問題になってきています。そこで企業としては、土壌でも海洋でも分解されるというエビデンスを付けて商品化する傾向が強まってきています。

そのような中で、 Novamont S.p.A. が提供しているのは、植物由来のでんぷんやセルロースなどを用いた生分解性プラスチックです。重金属をほとんど含んでいないため、堆肥化が可能であり、農業や包装資材、食器製造、自動車産業などにも適用可能です。

For The Better Good Limited の事例

生分解性素材の多様性と産業利用における最新技術事例

For The Better Good Limited では、堆肥化可能な植物由来樹脂製のペットボトルを提供しています。ペットボトルはいまだに石油由来のプラスチックボトルが一般的です。各企業はリサイクルによって環境への負担を低減することを謳(うた)っています。

一方、 For The Better Good Limited のペットボトルは、ボトルの本体部分は植物性分 100 % で、ラベルやラベルの印刷に関してもトウモロコシ原料と、環境にやさしいインクを使っています。生分解するだけでなく、ボトルを集めてリサイクルをして、 3D プリンタのフィラメント原料などに使用しているのも For The Better Good Limited の特徴です。

また、従来のプラスチックと比較して、生産時の二酸化炭素排出量を 78 % 削減するということもポイントです。

Ponda(旧SaltyCo Limited)の事例

生分解性素材の多様性と産業利用における最新技術事例

Ponda(旧SaltyCo Limited) では、ダウンの代わりになる植物ベースの衣料用繊維を開発しています。植物の天然繊維と分解性繊維を組み合わせることで、ダウンに似た保温性・撥水(はっすい)性・生分解性を有する充填(じゅうてん)剤を開発しました。

ファッションブランドと提携し、現在実験段階ではありますが多数のプラントを建設し、充填剤を研究・製造しています。

次のページ:引き続き、注目の技術事例を紹介します。