• 配信日:2022.11.22
  • 更新日:2023.01.10

オープンイノベーション Open with Linkers

戦略的なオープンイノベーションの考え方〜学術視点からのイノベーション

この記事は、リンカーズ株式会社が主催した Web セミナー「イノベーションの本質を学ぼう 〜 オープンイノベーション徹底解剖アカデミア編 〜 」のお話を編集したものです。
イノベーション研究で最も権威のある賞の一つ「シュンペーター賞」を受賞された、早稲田大学商学学術院の清水 洋(しみず ひろし)教授に、「競争戦略としてのオープンイノベーション」というテーマでお話しいただきました。
イノベーション、オープンイノベーションに興味のある方は、ぜひご覧ください。

日本企業とアメリカ企業の稼ぐ力の違い


今回の内容のポイントは次の3つです。

  • ・オープンイノベーションは日本企業にとって本質的に重要である
  • ・オープンイノベーションを戦略的に考える(オープンイノベーション自体は目的ではない)
  • ・経済的な価値が生まれるのはボトルネック(オープンイノベーションは補完財で、自社の経営資源の価値を高めるために行う)

戦略的なオープンイノベーションの考え方〜学術視点からのイノベーション

上の図は横軸が企業の設立年数(企業の年齢)で、縦軸が ROA (総資産利益率)を示しています。
青い線は金融機関を除いた東京証券取引所の一部企業の設立年数ごとの ROA をプロットしたもので、いわゆる日本の大企業のデータです。図を見ると設立から 12 〜 13 年ごろをピークに稼ぐ力は年々落ちる傾向にあると分かります。
一方、赤い線はニューヨークストックチェンジに上場している、アメリカに本社がある事業会社の ROA を設立年数ごとにプロットしたものです。すなわちアメリカの大企業のデータといえます。
アメリカの大企業の稼ぐ力は設立から約 50 年後がピークとなり、そこからは下降傾向になるものの、設立 10 年代くらいの稼ぐ力を維持し続けることが分かります。別の表現をするなら、アメリカの大企業は加齢が収益性に与える影響が少ないように見えるということです。
なぜ日本企業とアメリカ企業に稼ぐ力の差が出るのかというと、理由の1つにガバナンスの違いがあります。 2000 年代頃まで日本の大企業の株式は主に銀行が保有していました。そのため日本の大企業は短期的な収益性をあまり求めなくても資本市場で生き残れるという特質がありました。
アメリカには日本の銀行のような株主がいなかったため、株主からの圧力が大きく、 ROE (自己資本利益率)を高く保てなければ市場から撤退せざるを得ないという背景があります。
このような要因があったとしても、日本企業も儲けが出ることが理想的なはずなのに、収益性が下がっている点が大きな問題なのです。「長期的な経営をしている」と発信する企業もありますが、先程のデータを見る限りでは収益性は年々下がる傾向にあります。
ではなぜ日本企業はこのような状態になってしまったのでしょうか。個別の企業の事例をもとに比較します。

アメリカのデュポンと日本の東洋紡の比較

アメリカのデュポンは 1802 年に設立された老舗企業で、爆薬事業からスタートして化学、石油化学、繊維、医薬品などさまざまな事業へと移り変わり、現在最も大きな売上を占めているのはバイオの分野です。ディポンという企業自体は古くからありますが、ビジネスモデルは進化し、新陳代謝していることが分かります。
対して日本企業の東洋紡は 1882 年に設立された、こちらも老舗企業です。繊維事業からスタートし、現在ではハイテク素材で利益率の高い企業に生まれ変わっています。この生まれ変わるまでのプロセスに特徴があります。
1980 年代初頭、日本国内の工場を閉めないと経営ができない状況になった東洋紡は、工場の閉鎖を決めました。実際に工場を閉め終わったのが 2000 年代に入ってからで、約 30 年かかっています。
なぜこれほど時間がかかったのかというと、東洋紡は工場閉鎖までの間に失業者を出さないと決めたことが理由の1つです。東洋紡では、まず社内の配置転換で工場勤務の従業員を別部署に移動できないかを考えました。どうしても配属先が見つからない従業員については再就職先を提供し、さらに工場が撤退することで雇用や売上を失う地域に状況説明を行った結果、 30 年という時間がかかってしまったのです。
当時の東洋紡にとってデュポンはライバル企業であり、東洋紡が工場を閉鎖している間に繊維事業が儲からないと判断したデュポンは、すぐに別の事業への移行を開始しました。デュポンの事業移行は 30 年もかかっていません。
日本の大企業が事業の移行に時間がかかる背景には、アメリカと比較した整理解雇の難しさがあります。日本は解雇にかかるコストが高いため、既存の儲からなくなった事業も継続しながら新規事業に取り組まなければなりません。

オープンイノベーションの必要性~日本企業とアメリカ企業のビジネスの新陳代謝の違い


日本とアメリカでは、ビジネスの新陳代謝にどのくらい差があるのか計測してみました。
企業が研究開発をする場合、特許を取るのが一般的です。その特許の5年前のポートフォリオと現在のポートフォリオがどれくらい違うのかを計算した結果、以下の画像のようなデータが出ました。
横軸が企業の年齢で、縦軸がポートフォリオの変化を表す数値です。縦軸の数値は、5年前と現在とのポートフォリオを比べて、全く同じ研究をしている場合1になり、全く異なる場合は0になります。青い線が日本企業で、赤い線がアメリカ企業です。
日本企業もアメリカ企業も、年齢が進むにつれて事業が硬直化する傾向が見られます。しかし、日本企業においては問題点が2つあります。
1つは、設立から 30 年程度の日本企業が、アメリカの設立 100 年の企業と同じくらいの硬直さであることです。日本企業の方が早い段階で事業が硬直化しているといえます。
もう1つの問題が深刻で、日本企業は加齢とともに儲からなくなっています。事業が硬直化しても儲けが出ているのであれば問題ありません。しかし日本企業は儲からないのに同じ研究開発をし続けている傾向が見られます。

戦略的なオープンイノベーションの考え方〜学術視点からのイノベーション

この状況を改善するには、新しさを生み出すために多くの試行錯誤をすることが重要です。しかし、そのための経営資源を内部化するのは日本という土壌においてとてもリスクが高い行動となります。
例えば、人工知能の開発チームを社内に作るために技術者を雇ったとしましょう。せっかく雇った技術者ですが、彼らが持つスキルが 10 〜 20 年後も最先端のものとは限りません。将来性を考えたときに、最先端ではないスキルを持つ技術者を雇い続けることはコストになってしまいます。そのため、日本企業においては社外の経営資源を活用して新規ビジネスを立ち上げることが本質的に重要だといえるのです。
アメリカ企業なら、社内で抱えている技術者のスキルが活用できないとなれば新しいメンバーに変えることができます。それが難しい日本という環境で企業を経営するには、オープンイノベーションが非常に重要となるでしょう。

「ボトルネックでこそ価値が生まれる」という考え方


オープンイノベーション戦略について研究していると、以下のような意見をもらうことがあります。
「自社のお客様が満足するよう製品を磨いていくことで付加価値を見出してくれる」
一理あると思いますが、戦略論の観点からすると、この意見は幻想に近いといえます。その理由を、以下2つの思考実験の結果からお伝えします。
まず「ボトルネックでこそ価値が生まれる」という考え方を、社内のプロセスで見ていきます。

戦略的なオープンイノベーションの考え方〜学術視点からのイノベーション

自社が、ある部品の「生産」「組み立て」「販売」の3つの機能で成り立っているとしましょう。図にある3つの機能の縦軸が「処理能力」です。処理能力が一定なら企業全体の能力が決まりますが、一般的には差が生まれます。

戦略的なオープンイノベーションの考え方〜学術視点からのイノベーション

例えば「生産」「組み立て」の処理能力は高くても「販売」の能力が低い場合、「販売」の能力(=ボトルネック)が企業全体の能力になります。

戦略的なオープンイノベーションの考え方〜学術視点からのイノベーション

この場合、販売力の向上に経営資源を投入することで経済的な価値が高まり、企業全体の能力も向上します。しかし、「販売」に経営資源を投入せず、既に処理能力の高い「生産」「組み立て」に投入してしまうと、無駄な努力になってしまうと予想できます。
次に社外プロセスで見ていきます。

戦略的なオープンイノベーションの考え方〜学術視点からのイノベーション

次に自社をビデオカメラメーカーだと想定し、顧客はビデオカメラを買って動画を撮影するとします。さらに顧客は動画を撮影するだけでなく、動画をディスプレイに表示させたり、インターネット経由で SNS に投稿したりすることで価値を享受します。つまり、顧客はビデオカメラだけでなく、ディスプレイと光通信(補完財)も一緒に買うことで価値を感じるということです。

戦略的なオープンイノベーションの考え方〜学術視点からのイノベーション

このケースでも「ディスプレイ」「ビデオカメラ」「インターネット」の性能が一定とは限りません。図のように「ディスプレイ」「ビデオカメラ」の性能は高いけれど、インターネットの速度が遅かったり、ソフトを圧縮する技術がなかったりすると、顧客が享受する価値はインターネットの性能で頭打ちになってしまいます。より性能の高い「ビデオカメラ」を作っても、顧客にとってはオーバースペックになってしまう可能性があるのです。

戦略的なオープンイノベーションの考え方〜学術視点からのイノベーション

ここでオープンイノベーションを行う場合、専門分野である「ビデオカメラ」で品質向上を狙っても、顧客が享受する価値の上昇にはつながりにくい傾向があります。

戦略的なオープンイノベーションの考え方〜学術視点からのイノベーション

理想は性能の良い「ディスプレイ」と「インターネット」があり、さらに「ビデオカメラ」の性能も上がることで顧客が享受する価値も上昇する状態です。
ディスプレイメーカーでもインターネットの業者でもないビデオカメラのメーカーが、この状態を作り出すために、オープンイノベーションが効果的に働きます。すなわちオープンイノベーションは補完財に対して行うのが重要だということです。

オープンイノベーション事例~参入障壁を下げて補完財を充実させた GE アビエーション


具体的な事例として GE アビエーション(以下 GE )のオープンイノベーションを紹介します。

戦略的なオープンイノベーションの考え方〜学術視点からのイノベーション

GE の重要な事業の1つにジェットエンジンがあります。ジェットエンジンとは飛行機に装着するもので、装着には「ブラケット」というものが必要です。ジェットエンジンにとってブラケットは補完財といえます。
機体の軽量化のために、ブラケットをできる限り軽くすることが求められました。しかし、ジェットエンジンのような大きな圧力がかかるものを支えるには強度が必要です。軽量でかつ強度の高いブラケットを開発することはとても困難でした。

戦略的なオープンイノベーションの考え方〜学術視点からのイノベーション

そこで GE は自社のジェットエンジンを稼働させると、どの部分にどれくらいの圧力がかかるのかといったデータを社外に公開し、ブラケットの設計図を募りました。結果、世界中から新しいブラケットの設計図が集まりました。
GE の事例はグローバルにアイデアを募った成功例といえますが、このようなオープンイノベーションは既に日本企業でも行われています。 GE の事例において重要なのは、基本に忠実なオープンイノベーションの戦略が背後にあったということです。

戦略的なオープンイノベーションの考え方〜学術視点からのイノベーション

世界中から優れたブラケットの設計図が集まった際、 GE はその中からベスト8を決めて、その8つの設計図を誰でもダウンロードできるようインターネット上に公開しました。優れた設計図を公開することでブラケットの設計能力がコモディティになり、ブラケットメーカーの参入も相次ぎました。結果、競争が生まれてブラケットの性能が上がり、ジェットエンジンの性能こそが顧客の享受する価値になったのです。
整理すると、GE はジェットエンジンのデータをオープンにして設計者の参入障壁を下げつつ、競争を生み出すことで優良なブラケットの値段を下げて顧客に提供することができるようになりました。

補完財のレベルアップにオープンイノベーションを活用する


戦略的なオープンイノベーションの考え方〜学術視点からのイノベーション

改めてオープンイノベーションとは、

  • ・オープン:排他的でなく、誰でも参入できるように仕組みを作る
  • ・イノベーション:発明ではなく価値づくりに直結する

ということです。言い換えれば「補完財の参入障壁を下げることで自社の経営資源の価値を高める」ことになります。
そのためにまずやるべきことは、他社に負けない経営資源は何かを考えることです。先ほどの GE の事例は、一見すると他のジェットエンジンメーカーにも有利な戦略に思えるかもしれません。しかし GE はジェットエンジンの能力向上は他社に負けない経営資源であり、顧客が最も満足するジェットエンジンを提供できるのは GE であると考えていたため、先述の戦略を取りました。
他社に負けない経営資源が見つかったら、その経営資源が顧客の価値を決定的に左右するように、補完財のレベルをアップさせられないかを考えます。このときにオープンイノベーションを活用してレベルアップさせてほしいというのが、私から日本企業に問いかけたいことです。

【補足】
本記事のお話について、詳しい内容をご希望の方は、清水洋教授の以下の著書・編著をご参照ください。
『野生化するイノベーション』(新潮選書)
『イノベーション』(有斐閣)
『オープン・イノベーションのマネジメント』(有斐閣)

講演者紹介

戦略的なオープンイノベーションの考え方〜学術視点からのイノベーション

清水 洋 氏
早稲田大学 商学学術院 教授

【略歴】
1973 年生まれ。2007 年 London School of Economics and Political Science より Ph.D 。
Eindhoven University of Technology ポストドクトラルフェロー、一橋大学イノベーション研究センター専任講師、准教授、教授を経て、2019 年4月より現職。
イノベーションのパターンを企業の競争戦略、組織構造、産業組織の観点から分析している。
著書は『アントレプレナーシップ』(有斐閣、2022 年)、『イノベーション』(有斐閣、2022 年)『野生化するイノベーション』(新潮選書、2019 年)、『ジェネラル・パーパス・テクノロジーのイノベーション:半導体レーザーの技術進化の日米比較』(有斐閣、2016 年)など多数。
『ジェネラル・パーパス・テクノロジーのイノベーション:半導体レーザーの技術進化の日米比較』で、第 59 回日経・経済図書文化賞、第 33 回組織学会高宮賞。
General Purpose Technology, Spin-out, and Innovationでシュンペーター賞。

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