- 配信日:2023.03.15
- 更新日:2024.07.22
オープンイノベーション Open with Linkers
新規事業で異業種の化粧品に挑戦した富士フイルムの戦略~オープンイノベーションの重要性
この記事は、リンカーズ株式会社が主催した Web セミナー『社内技術を異分野に生かす。富士フイルム化粧品にみるその本質~オープンイノベーション徹底解剖』のお話を編集したものです。
一般社団法人イノベーションアーキテクト 代表理事 中村 善貞(なかむら よしさだ)さまに、富士フイルム株式会社(以下、富士フイルム)時代に取り組んだ化粧品事業のご経験と、オープンイノベーションの重要性についてお話しいただきました。
新規事業開発やオープンイノベーションに興味のある方は、ぜひご覧ください。
◆目次
・写真フィルム事業の終焉
・富士フイルム変革敗戦記〜経営にスルーされた「技術戦略提案」〜
・復活した技術戦略提案
・富士フイルムが化粧品領域へと進出した背景
・化粧品事業を始めた後の富士フイルムの苦労
・新規事業におけるオープンイノベーションの重要性
・社内技術を異分野/異業種に生かす
写真フィルム事業の終焉
1980 〜 1990 年代を振り返ると、写真フィルムの総需要は右肩上がりで成長し、どこまでも伸びていくように感じられました。
しかし、私(中村氏)が富士フイルムに入社した 1984 年の時点でも「写真フィルムはいずれ無くなるだろう」といわれていたように記憶しています。すなわち、写真フィルムを使わなくても画像を扱えるようになる時代が来ると予想されていたのです。その予想とは反対に、写真フィルムの売上はどんどん伸びていきました。
写真フィルムの性能が向上していけば顧客価値も高まっていきますが、どこかのタイミングでお客様の要求が飽和します。しかし写真フィルム開発はこの状況でも継続されました。なぜなら「競合との競争」という技術・製品開発が必要であるとされたからです。
富士フイルム変革敗戦記〜経営にスルーされた「技術戦略提案」〜
一方で「このまま写真フィルム開発だけを続けても良いのだろうか」と考える人たちもいました。
当時の富士フイルムは「製品を継続上市すること」が経営課題になっていたため、R & D は当面の目標のみに集中する「商品開発至上主義」という状況になっていました。つまり戦略的に技術をどのように開発していくかを考えることが後回しにされる状況だったのです。
このような状況でしたが、技術戦略を提案しようとした人たちがいました。上の図が当時提案された戦略を図示したものです。富士フイルムのような感光材料メーカーはグラフのやや右上に位置し、技術戦略的には「より高度な機能をもつ材料の世界」または「より高度な機能をもつ画像の世界」に取り組んでいくべきだと示しています。この提案が後々、ライフサイエンス領域とメディカル機器領域につながるのですが、当時の経営陣に採用されることはありませんでした。
復活した技術戦略提案
採用されなかった技術戦略が、あるタイミングで復活することになります。それが写真フィルムの終焉のときだったのです。2003年頃から写真フィルムの売上が急速に低下していきました。終焉の原因は、革新技術「デジカメ(デジタルカメラ)」が台頭してきたためです。
デジカメが現れた当初は十分な顧客価値がありませんでしたが、開発が進むにつれて、青い点線で示した顧客の最低要求を満たすようになりました。このときに、革新技術は従来の技術では顧客に提供できないような新しい価値をも提供したのです。デジカメの場合、フィルムカメラではできなかった撮影した画像をその場で確認できるというような新しい価値を顧客に提供しました。その結果、これまでフィルムカメラを使っていた顧客が、より便利なデジカメを使うようになっていったのです。まさに破壊的イノベーションでした。
このような状況を受けて、富士フイルムは先ほどの技術戦略提案にあったライフサイエンスやメディカル機器の領域に進出していくことを決めました。元富士フイルムの CTO だった1980 年代に技術戦略提案を行った社員の一人であった戸田 雄三(とだ ゆうぞう)さんが、写真フィルムの売上低下による会社全体の危機を脱するために、当時の提案を復活させたのです。すなわち創業当時からあったレントゲンフィルムなどの医療診断事業に治療や予防事業領域を加えたトータルヘルスケアカンパニーになるという構想です。
富士フイルムが化粧品領域へと進出した背景
ライフサイエンス領域・メディカル機器領域へと展開していくことを考えた富士フイルムですが、なぜ化粧品領域にも進出したのでしょうか。
技術戦略提案をした戸田さんは、元々ゼラチンの専門家でした。ゼラチンは写真フィルムに必須の素材であり、人間の皮膚(コラーゲン)にとっても重要な要素です。また写真フィルムはさまざまな素材を乳化分散することによって製造されます。この乳化分散技術は食品業界や化粧品業界でもよく使われている技術です。そのことを知っていた戸田さんは、 1980 年代からゼラチンを生かした化粧品をやりたいと考えていたのです。
この戸田さんの考えが、富士フイルムのトータルヘルスケアカンパニー構想の中に組み込まれることになり、化粧品開発・事業化が進められました。
新しい事業を始めるときに大切な要素
富士フイルムの化粧品開発のような新しい事業を始めるために、私は「辺境」「変人」「偏愛」という要素が大切だと考えています。
企業の中心には既存事業があり、それを推進する大きな力が働いているため、そこではたらく人たちが新規事業の探索に取り組むにはハードルが低くはないでしょう。このような状況で新しい開発や事業を始めるには「辺境」「変人」「偏愛」が必要なのだと思います。