• 配信日:2021.04.15
  • 更新日:2021.04.15

オープンイノベーション Open with Linkers

大手コンサルティングファーム3社に聞く〜2021年 製造業動向③

2020年、新型コロナウイルス感染症の世界的流行を受け、私たちの生活は一変しました。 「3密」を避けた新たな生活様式の浸透とともに、各企業は在宅勤務をはじめとした様々な対策を進めながら、企業としての在り方を再定義してきたように思います。

この度リンカーズは、大手コンサルティングファーム3社をお招きし、新型コロナウイルスが製造業に与えた変化や、2021年の動向予想、特に自動車産業と化学産業の変化をテーマにしたWebセミナーを実施いたしました。

●登壇者
株式会社野村総合研究所 顧問 村田 佳生 様 ★記事はこちら
株式会社ローランド・ベルガー プリンシパル 山本 和一 様 ★記事はこちら
A.T.カーニー株式会社 マネージャー 谷村 勇平 様 

本記事では、A.T.カーニー株式会社 マネージャー 谷村 勇平 様の講演をご紹介いたします。



※本講演内容は、講演者個人の見解を示すものであり、会社の意見を代表したものではございません。

2021年の素材産業の動向予測


谷村様:本日は「化学業界」にフォーカスをあて、「2021年にどのような行動を取らなければいけないか」ということについてお話ししたいと思います。この会場には、化学業界以外の方もいらっしゃると思いますが、実は広く「ものづくり企業」にとっては化学業界の動向を知っておくことは有益です。

現代のあらゆるものづくりにおいては、ほぼ確実に何某かの「素材」を使うことになります。プラスチックも繊維も金属も使わないものづくりは、少ないでしょう。中でも「化学品」はこうした「素材」の代表的なものであり、国内の基幹産業を支える素材産業として重要な地位を占めています。そのため、化学企業で働いている方はもちろんのこと、ものづくりに関わる方はぜひ「素材」がどのように変化するのかに目を向けていただきたいと思っています。

最初に「産業のバリューチェーン」について紹介しましょう。
「石油」や「石炭」「ガス」といった天然資源は、掘削・精製して、不純物を取り除くことで利用可能になります。
この天然資源を利用可能な状態にするのが1つ目の産業です。ここでの製造物は、一部はそのままエネルギーとして利用され、また一部は化学品の原料になります。

2つ目の産業である化学品では、まず「コモディティケミカル」とも呼ばれる「基礎化学品」が作られます。そしてそこからさらに「スペシャリティケミカル」と呼ばれる、独自の特性・機能性を備えた物質が作られることになります。

1つ目の産業から得られるエネルギーと、2つ目の産業から得られる素材の両方を用い、3つ目の産業である最終製品の製造メーカー(自動車産業や建設産業、農業、医薬産業等)が、最終製品を作り・展開する、というのが産業のバリューチェーンです。



産業バリューチェーンと化学業界

もちろん、1つ目の産業はエネルギー資源だけではありませんし、2つ目の産業は化学品だけではありませんが、代表的なものの1つであることは間違いありません。

本日、会場にお集まりのみなさまの中には、この図の右側にあるような「最終製品の製造メーカー」で働く方も多いと思います。 このバリューチェーンにもあるように、あらゆる「ものづくり」において、化学製品は素材・材料として利用されていますから、化学産業側で「今どのような材料が扱われていて、次にどのような材料が生まれようとしているのか」「原料側を化学業界がどのように捉えているのか」を知ることは、製造メーカー側のR&Dにも無関係なことではないのではないでしょうか。



旧態依然とした業界体質を見直す

もう1つ、2021年の動向を考える上で、最初に紹介しておきたい視点として、「“商売への影響”は、”変化が起きた場所”と接する人がまず影響を受ける」ということがあります。昨年から感染爆発を続けているCOVID-19の影響などは、影響を受けた市民・コンシューマに最も近い、最終製品メーカーや石油価格が最初に影響を受けます。

一方、化学産業は「オールドエコノミー(古くからある従来型の産業)」と揶揄されるように、需要変化が起きてもその影響の波及が遅く、社会の変化に対して対応が鈍い産業です。そのため、需要の変化を受けた最終製品メーカーが「こういう材料が欲しい」「こういうふうにものごとを変えていきたい」と思っても、化学メーカーは、そのニーズに応えるための試験期間として平気で5年、10年という長い時間をかけていました。それ故、最終製品メーカーが歯痒い思いをすることが過去に多くありました。



産業バリューチェーンと化学業界

このような業界構造の中にあって、ついにコロナ禍以降、腰の重かった化学産業も変化の必要性に迫られています。化学産業内の競争環境の変化もあり、先進国の化学メーカーにとって2021年は従来とは異なる儲け方を確立していく時期であり、これまで素材起因で最終製品メーカーができなかったこと、難しかったことが、できるようになる可能性が生まれました。

化学産業に従事する人は自分ごととして、最終製品メーカーに従事する人は材料提供側の産業が変化することで、自分たちのR&Dはどんな機会を手に入れるのか、という観点で本日の話を聞いていただければと思います。

2021年の化学産業の動向予測


さて、では具体的に「化学産業」において「2021年」がどんな年になるかを見ていきましょう。
まず、日本の化学メーカーが置かれている基本的な環境についてお話します。
世界の化学産業の市場規模を1990年から2020年まで10年ごとにみていくと、順調に成長していることがわかります。しかしながら、この成長を地域別に分解してみてみると、「中国」の割合が非常に大きい。つまり中国が富の拡大とともに、人口にみあった消費をはじめたことが市場成長の主要因であることがわかります。逆に中国以外の地域においては、化学産業はGDPの成長以上には伸びておらず、成長は横ばいなのが実態です。

中国が成長しているのであれば、中国に製品を売れば良いとなりますが、「コモディティケミカル」の市場においては「原料地」もしくは「需要地」に近い場所であることが有利になります。例えば中東地域は石油などの「原料地」に近いので「SABIC(サウジ基礎産業公社)」のような会社が競争有利となりますし、中国であれば「需要地」に近いので「ペトロチャイナ(中国石油天然気)」のような企業が競争有利となって成長しています。

逆に、かつて「先進化学大手」と呼ばれていた日・米・欧の化学メーカーは、自国内の需要成長の鈍化とともに、「原料地」「需要地」どちらからも地理的に遠くなってしまい、現在は不利な立場に置かれています。 そうなると先進化学大手としては「技術」で勝負できるスペシャリティケミカルに注力したくなりますが、「スペシャリティケミカル」と「コモディティケミカル」の市場規模の割合は将来もあまり変化がない(技術で勝負が可能な「スペシャリティケミカル」の需要が爆発的に増えることはない)であろうと考えられています。

そのため、日・米・欧の化学メーカーは、もはや新型コロナの流行とは関係なく、ごくシンプルな目線で長期的な市場をみれば、「新しい価値創造」をしないと将来が見えない競争環境に直面しているといえます。

実際、「コモディティケミカル」がどれほど利益に貢献していないかがわかるのが下のスライドになります。



化学メーカーの売上と利益の貢献具合

このスライドは、横軸に売上を、縦軸に利益率を取ったグラフであり、箱の大きさが利益額を示します。

三菱ケミカルHDの場合、全体の売上(横軸)の半分を「コモディティケミカル」が占めていますが、利益率(縦軸)が圧倒的に低く、利益は数十億程度しか無いことがわかります。一方で、「スペシャリティケミカル」については、売上は「コモディティケミカル」の半分程度にも関わらず、その利益額は「コモディティケミカル」の10倍以上なのがわかります。

このような傾向は日本の会社だけではなく、アメリカや欧州の化学メーカーも同様で、「コモディティケミカル」分野が相対的に稼ぐ力を失ってきており、「コモディティケミカルは中国・中東地域におまかせ」状態になりつつあるのが、市場の基本的なトレンドであるといえましょう。

新型コロナウイルスで化学業界がどのように変化したのか


こうした基本的な市場環境の中、さらに新型コロナが流行したことにより、状況はどのように変化したのかについて次に説明します。



新型コロナが化学産業に与える変化

結論から先に申し上げますと、ここまで進んでいたトレンドが、より一層早く、確実に進行していった、というのが私の見解です。誰もが「いずれくるだろう」と考えていた未来が、新型コロナの流行により早まったということです。

変化は大きく2つあります。1つ目は「生産」、2つ目は「開発」です。

まず「生産」についてですが、石油化学プラントは24時間365日の稼働が前提になっている設備です。しかしコロナ禍で在庫が積み上がり、手元資金を確保するために、この稼働調整が発生しました。一度稼働を止めてしまうと再稼働には時間がかかりますし、物流中在庫の扱いもあり、需要地から遠い地域は頻繁な稼働調整は得意ではありません。元々、「コモディティケミカル」は中国・中東地域が有利である環境でしたが、いっそう原料地・需要地との距離的近さが有利に働くことが鮮明になりました。

また「開発」についてお話しますと、「オールドエコノミー」である化学産業は、今回のコロナ禍のような「急な需要」にアジャストした製品開発を苦手としている業界です。実際、昨年におきた「マスクや衛生用品、医薬原料がまったく仕入れられない」という経験は記憶に新しいと思います。

しかし、今は迅速かつ柔軟な開発が求められる時代です。「今欲しい」「すぐ欲しい」という需要に応えられず、これまでのように「新商品の開発に5年10年」といった時間軸で構えていれば、化学メーカーは最終製品メーカーとの認識ギャップに苦しむだけでなく、「社会的に悪」な存在になってしまうかもしれない、そんなことを意識しなければならない時代になっています。

地の利がない「日・米・欧」の化学メーカーが取るべき戦略


こうした状況下で、いま日・米・欧の化学メーカーが取っている・とるべき戦略方針について紹介したいと思います。



日米欧化学メーカーがとる基本的な戦略方針

まず「コモディティケミカル」分野については、一層激しい価格競争が起こりえますので、化学プラントのデジタルツイン構築に着手するなど、デジタルトランスメーション(DX)を活用してプラントの運営効率を目指しています。これは目新しいことではなく、継続した努力として実施し続けるべきことです。しかし一方で、そのような効率化を図っても中国や中東地域の会社にコストで勝つことはできないだろうということも明白になりつつあるため、「コモディティケミカル分野では戦わない」という意思決定そのものが打ち手、とも考えられます。

これに対して「スペシャリティケミカル」分野は、必ず勝たねばならない領域です。すでに「コモディティケミカル」分野での不利を認めざるを得ない以上、この分野を死守せねば稼ぎどころをどんどん失ってしまいます。このスペシャリティケミカル分野の死守という文脈で、大きく2つのトレンドがあります。

1つは「開発サイクルの圧倒的改善」です。新しいニーズにタイムリーに応えていくために、「技術開発力」での差別化を目指していきます。

従来の化学業界では、ナレッジが属人的に蓄積され、「隣の人が何をしているのかがわからない」といった状態でR&Dを行っています。またリソースの割き方も、社内事情に目が行っていることが多いものです。実際、私が日本の化学メーカーの研究者の方と話をすると、「自分たちの会社がとても力を入れている」という技術に「たった10人」しかリソースが割かれていないということもありました。その会社としては、新技術開発に10人はるというのは思い切った決断かもしれませんが、世界を見渡せば、類似の研究を中国では「1000人」や「1500人」を割いて行っていたりします。しかも、統合的なナレッジマネジメントシステムの上で、役割分担しながら1000人の研究者が動いています。

このような新興国企業の「人海戦術的技術開発」の前では、ちょっと「技術者の地頭がいい」とか「先輩方からの一子相伝のノウハウがある」といった属人的な競争力では早晩太刀打ちできなくなります。100倍の人的リソースというのはそれほど大きなものです。

そこで、このような状況でも競争力を維持したいならば、研究開発のやり方を抜本的に見直す必要があります。AIによってR&Dをすすめていく「マテリアルズ・インフォマティクス」(後述)のような新しい取り組みを行っています。これは2021年にやるべき重要なテーマになるでしょう。

2つめのトレンドは「これまで“開発外”だった要素の価値化」です。

「技術力」で勝とうと考えたなら、技術力で差がつく点に関してはすべて価値を持つようにすべきです。今までは「お金を払うほどの付加価値はない」とされていた要素についても、競争上不可欠な要素にゲームのルールを変えてしまう必要があるでしょう。

具体的には「環境テーマの武器化」(後述)になります。「環境」をテーマにした技術はお金になりにくい、というのは、みなさんも体感されているかと思います。そしてお金になりにくいために、そのテーマに関する技術がなかなか進まない、というのはよくあることです。しかし、「環境に配慮している製品以外は市場に参入できない」といったように、競争上不可欠な要素としてゲームチェンジすることによって、金銭的価値のなかった技術にも価値がつくようになります。もともと化学メーカーは莫大な二酸化炭素を排出する企業が多いので、CO2削減など環境への配慮には後ろ向きであったのですが、ここに来て大きな変化が見られるようになっています。つまり、むしろ規制を強めるよう働きかけることで、新興国化学メーカーとの競争を優位に進めようというものです。

以降、ここでキートピックとして紹介した「マテリアルズ・インフォマティクス」そして「環境テーマの武器化」について具体的にお話ししていきます。



「マテリアルズ・インフォマティクス」と「環境ビジネス」

化学産業のR&Dはいまだ「偶発性」に左右されることが非常に多く、また過去100年、200年ほどの間に「有望そう」と思える領域についてはすでに試し尽くしているという状況があります。加えて開発に非常にコストと時間がかかる領域です。

そこで、実際に実験して物性を確認するというサイクルを回すのではなく、AIを用いて分子構造・結晶構造から物性をシミュレーションできれば、新規物質の探索が効率的になるのではないか、というのが「マテリアルズ・インフォマティクス」の基本的なアイデアです。

このアイデアそのものは15年以上前から現実的に研究が進んでいましたが、2018年には国内の化学メーカーでも企業活動として「マテリアルズ・インフォマティクス」への取り組みが活発化しており、私はこの年が日本における「MI(マテリアルズ・インフォマティクス)元年」といっていいほど活発化したと感じています。そしてそこから2年ほど経過し、徐々に成果が見え始めているのが現在です。



2018年日系化学メーカーMI元年

住友化学は、本来100万回実験をしなければいかなかったところ、10回から20回の実験回数で耐熱性ポリマーの開発を行うことができたという発表をしています。このような結果が実際にではじめ、また開発環境(プラットフォーム)のサービス提供も始まったことで、2021年は研究から本格的に実装に移っていく最初の年になると考えています。また、この動きに製造メーカーも協力することで、いわゆるモデルベース開発やデジタルツインといった開発環境が進み、消費者のニーズに対応する素材を迅速に開発できるようになるでしょう。



2021年 日系化学メーカーの取り組み

もうひとつは「環境ビジネス」についてです。

欧州委員会が2019年に、気候変動対策課題として「欧州グリーンディール」を発表したのは記憶に新しいところですが、ここで注目すべきは、このような政府の発表に対して、これまでは「目標が高すぎる」という声を上げがちであった欧州化学工業連盟が、今回は「もっと具体的かつ戦略的に行うべき」「この目標では消極的」と、従来とは真逆の態度を示していることです。



マテリアルズ・インフォマティクス プラットフォームの開発

この理由は、環境対応品という参入障壁を作り、技術による差別化と収益確保につなげるためです。現在もなかなか経済的な価値を見いだせず伸びなやむ「環境ビジネス」ですが、 経済的・競争的にも「環境」が意味を持つようにルール形成を急いでいるのではないかと思われます。具体的なルール形成の対象としては「水素電池」「リサイクル」「REACH規制遵守」があります。

もう1つ、環境規制を急ぐ背景には、新型コロナが流行したことで「コモディティ」と呼ばれる単純な製品でも需要が広がっていることも考えておくべきだと感じています。例えば「マスク」「自動ドア」「非接触タッチパネル」のような、「特殊な技術を必要としないが需要が広がっているもの」は、何も手を打たないと新興国企業に市場を取られてしまいます。そこに「環境」というキーワードを取り入れることによって、「環境配慮型のマスクでなければ販売ならず」となれば、単純なコモディティ素材にも新たな参入障壁が生まれ、需要獲得機会の損失を防げる可能性があります。

野心ある行動計画が明日を救う


ここまでお話してきたように、2021年の化学産業は「価値の付け方」の競争ルールが変わる年だと思います。
数年から10年かけて実験を繰り返すだけでは素材へのニーズ変化に間に合わないですし、「環境は儲からない」といった過去の常識も覆っていくでしょう。また、こういった素材側のゲームチェンジに、最終製品メーカーも便乗していくことができます。



2021年の化学産業

コロナの影響が色濃い中でスタートした2021年ですが、化学産業は「オールドエコノミー」から変化する覚悟を迫られています。「野心ある」戦略と投資が、今後の成長を占う分水嶺になるのではないでしょうか。