• 配信日:2020.12.01
  • 更新日:2022.02.17

オープンイノベーション Open with Linkers

心理・生体データビジネス応用の最前線 ~Webセミナーレポート~

技術マッチングを広く支援するリンカーズは、グローバルのイノベーション動向を日々追跡しています。
なかでも、「生体センシング」領域は、継続して業界横断で注目度が高まっている領域です。
従来、「生体センシング」は、健康の維持や治療のために活用されるテクノロジーでしたが、最近では、ユーザーが製品をどのように「感じるか」を定量化するテクノロジーとしても活用が進んできています。

「ユーザーが製品をどのように評価するのか?」を市場に投入する前に知りたいというニーズは、商品企画をする上で誰しもが持っているニーズなのではないでしょうか。
今回の記事では、心理データや生体データをどのように計測すればリアルな状態が把握できるのか、どのように活用していけば実際のビジネスをドライブできるのか、既に成果として報告されている内容だけではなく、いくつかの研究開発やサービス開発の現場での試行錯誤から見えてきた最新の知見や今後の可能性をご紹介します。

●登壇者
リンカーズ株式会社 オープンイノベーション研究所 所長 國井 宇雄
日本IBMのコンサルティング・サービス部門にて、製造業向けのITコンサルティング・プロジェクトを複数経験後、デロイト・トーマツ・コンサルティングの製造業セクターにて、技術を起点にした事業開発戦略策定、M&A、業務改革など一貫して製造業のイノベーション創出支援に関わる。また、素材企業向けに「オープン・イノベーション・プラットフォーム戦略」「マテリアルズ・インフォマティックスを活用したR&D」といったオープンイノベーションに関連する啓蒙活動を実施。2017年よりリンカーズへ参画し、日本におけるオープンイノベーションについての実践的研究活動を継続しながら、日本のものづくりを強化すべく普及啓蒙活動を行う。 組織学会所属。博士(工学)。技術経営学修士。

株式会社NTTデータ経営研究所 ニューロイノベーションユニット シニアコンサルタント 磯村 昇太 様
東京大学大学院で認知行動科学を修了後、日本IBMにて製造業、サービス業などにおけるIT戦略策定プロジェクトやITガバナンス構築プロジェクトに数多く従事。その後、NTTデータ経営研究所ニューロイノベーションユニットにて、脳科学とAIを融合した新たな研究開発テーマの創出プロジェクトやストレス・感情・表情関連の事業応用プロジェクト、実環境下での心理指標・生理指標・行動指標の同時計測/評価研究など、脳科学・心理学・認知科学の知見をビジネスに応用するプロジェクトを業界横断的に手掛ける。

1. 生体センシングの中で脳科学になぜ注目すべきなのか


■新しい価値を提供するサービスのベースになる「生体センシング」

<リンカーズ 國井>
まずは、なぜ今回「脳科学」に関するテーマを選んだかについてお話しいたします。
グローバルの先端技術動向調査サービスを提供しているリンカーズ・オープンイノベーション研究所では、「生体センシング」というテーマに注目し、3年前から毎年調査を企画、レポートを執筆しています。
「Linkers Research Market Place」#生体センシング

有難いことに、多くの業界の皆様にレポートを読んでいただいており、今では、Google で「生体センシング」と検索すると、検索結果の1ページ目の上位に出てくるほどになりました。 このように、「多くの業界で注目度が高くレポートしがいがある」という理由がひとつなのですが、他にも、「生体センシング」に注目している理由があります。
それは、「オープンイノベーションの実践場」であるからです。生体センシングがユーザーに価値を生むためには、医療、材料、センシングデバイス、アルゴリズム、通信など複数の技術や科学的知識が組み合わさる必要があります。

そのため、生体センシング技術の動向を追跡することは、技術や知識が業界が技術領域を超えて連携する様子を観察ことにつながります。リンカーズ・オープンイノベーション研究所としては、どのようにして、「オープンイノベーションの実践場」から大学と企業の連携や異業種の連携が生まれるかを考察したいという思いがあります。

では、生体センシングのなかでも「脳」をとりあげたのはなぜか?理由は3つあります。



1:アジャイル開発の一般化(脳科学に注目する3つの理由)

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1つ目は、「アジャイル開発の一般化」です。

「モノをつくる」にあたって、まずは要件定義をし、要件に応じた設計をして、設計図に沿って開発を行い、その後開発した機能をテストして市場にリリースし、その評価を得る、というのが、あらゆる製品開発の基本的な流れといえます。「アジャイル開発」というのは、この一連のサイクルを短縮化し、細かいリリースを繰り返すことで、不確かな要件や移り変わる要件に素早く対応できる開発手法のことです。元々システムやソフトウェアの領域で発展してきた手法ですが、製品ライフサイクルの短縮化やソフトウエアとハードウエアの融合が進むなかで、他の製品分野にも一般化してくると私は予想します。

アジャイル開発においては、製品の評価スピードが肝です。実際にモノを作り、その設計が市場に受け入れられるかの評価を「売上」のような遅行性のある指標で行うのではなく、「脳データ」を取ることで「実際にユーザーがどう感じたか」などを評価することができれば、製品の機能が狙いどおりの効果をユーザーに与えられているのかをすぐに検証し、設計変更につなげられます。このように、一般化しつつあるアジャイル開発の生産性を上げる上で、ひとつの鍵になるのが「脳センシング」であるというのが注目する理由です。



2:仮想化市場の勃興(脳科学に注目する3つの理由)

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2つ目は「仮想化市場の勃興」です。

Playstation VRやOculus、HoloLensなどに代表されるVR(Vartual Reality:仮想現実)のヘッドセットも、価格が下がってきており、エンタメ市場だけでなく、製造現場など市場が拡大しつつあります。象徴的な製品でひとつご紹介したいのが家庭向け歩行型VRデバイス 「Omni One」です。

2018年にスティーヴン・スピルバーグが監督した『レディ・プレイヤー1』という映画が公開されました(多くの人類が、現実世界がつらいのでVRデバイスを日常的に装着し、仮想現実に逃避しているという世界の話。ガンダムやメカゴジラが登場するということで、日本でも話題になりました)が、このSF映画のように、「仮想化された世界で人間が生きる」ということが徐々に近づいてきているのではないかと思います。実際この「Omni One」は、2021年に販売予定で、20万円の初期費用と、サブスクリプションで月間5000円ぐらいの利用料で、約30本ぐらいのVRゲームが楽しめるようです。

これまでは、VRを利用するにも価格の面でも高かったり、キラーコンテンツがなく、市場が拡大しないと言われていたのですが、利用価格のハードルが下がり、多くの人が実際に使うようになってくるとそういったコンテンツの課題もいずれ解決されていくでしょう。加えて、普及後の世界では、脳科学でハードルになりがちな「ヘッドセットをつける」ことへの心理的抵抗もなくなり、「脳科学」の有用性が一気に増すのではないかと私は考えています。「脳科学」の利用が期待できる仮想化市場の拡大が見えてきた、これが理由のふたつ目です。



3:プロセスギャップの解消期待(脳科学に注目する3つの理由)

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最後の理由は、「プロセスギャップの解消期待」です。

脳科学を積極的に活用する際には、脳に対してデバイスやセンサーを埋め込むことが必要になるケースが多くなると予想されます。脳に何かを埋め込む手術のプロセスには大きな危険がともなうため、心理的ハードルが高く、利用によって十分な恩恵を得られることが分かっていたとしても、一般社会に広がらない状況―いわゆる「プロセスギャップ」が生じていると予想されます。

「プロセスギャップ」という概念は、ピーター・ドラッカーが著書「イノベーションと起業家精神」のなかで、イノベーション創出の機会のひとつとして、提示したものです。ピーター・ドラッカーは、「人体に害があるため散布が難しい除草剤の普及に散布機が貢献した例」や「リスクが高い白内障の手術の普及に手術を楽にする酵素が貢献した例」を紹介し、「プロセスギャップ」の解消が、イノベーションの創出機会になることを説明しています。

翻って、今脳科学の世界でも、「プロセスギャップ」の解消が期待できる技術が発明されています。イーロン・マスクが立ち上げた企業「ニューラリンク」は、脳に電極やデバイスを埋め込み、脳と情報の入出力を行えるようにするための外科手術用ロボットを発明し、2020年8月に大々的に発表しました。

まだまだ、開発段階の技術ではあるものの、このようなロボットが今後普及し、簡単かつ安全に脳にデバイスが埋め込むことができるようになれば、「プロセスギャップ」が解消され、イノベーションの創出機会が生まれるかもしれません。その後は、近視治療のレーシックのように社会に普及していく可能性もあるのではないかと考えています。
「プロセスギャップ」が解消される期待がでてきた、これが理由の3つ目です。

以上、リンカーズが脳科学に注目する3つの理由をご説明しました。これらの理由から「脳科学」に対する注目度がどんどん上がってくるのではないか、とリンカーズは考えています。注目度が上がっていくにつれ、ニューラリンクの例のように、さまざまなニュースが出てきますが、実際どこまで脳科学は産業に利用できるのでしょうか。私も気になるところです。

そこで、本日は、実際に「心理・生体データのビジネス応用」の最前線で活動されている磯村さんにその内実をお話しいただきたいと思います。よろしくお願いいたします。(下に続く)

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皆さまのご要望に応じて、リンカーズが「オープンイノベーション」や「先端技術動向」に関する講演を開催いたします。
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2.ビジネスに応用すべき脳科学の範疇とは



■脳活動や生体データをモデル化することで、ビジネス応用が可能になる

<NTTデータ経営研究所 磯村様>
株式会社NTTデータ経営研究所ニューロイノベーションユニットの磯村です。
はじめに、今回「脳科学のビジネス応用」や「心理・生体データの計測」と表現する内容についてどの範囲のことを指すのか、どういう枠組みで捉えるべきなのかについてお話します。

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スライドで確認いただけるように、まず大きな流れとしては、「CM」「飲食」「コミュニケーション」といった「刺激・環境」があり、脳がそれに対して情報処理を行います。この脳活動を直接計測する主な手法が「EEG」「NERS」「fMRI」などであり、狭義の「脳科学」は、この脳活動そのものを指すことが多いです。

しかし、我々は脳活動だけでなく、主にその脳活動の結果として生じる「心拍数」「発汗」「ホルモンの変動」といったその他の生体反応も、ビジネスに応用すべき脳科学の範疇であると考えています。つまり「脳科学のビジネス応用」を検討する際には、脳そのものの活動だけではなく、そこから派生する「生体データ」、さらには「行動データ」や「心理データ」も含めて、それぞれのメリット・デメリットを見極め、目的に応じて柔軟に使い分けていく必要があるのです。

さらに、「脳科学のビジネス応用」の範疇にはそういった脳活動などを計測するというアプローチだけでなく、計測した結果から作成された「モデル」を活用するというアプローチもあります。モデルの例としては、脳の情報処理を模倣した「人工知能」や、「Attentionモデル」、「記憶情報処理モデル」などがあり、広義にとらえれば、行動の計測の結果などから構築された「マーケティング心理学」「行動経済学」もその一部といえます。

ただし、脳活動も生体反応も心理反応もヒトの連続的な反応を便宜的に切り分けたものなので、あるモデルを基盤となる計測結果は必ずしも一つの領域からのものとは限りません。例えば脳活動の計測結果も、「マーケティング心理学」の理論的基盤になりうるということになります。

さらに、「脳情報への書き込み」という領域も、「計測」や「モデル」と同様に脳科学のビジネス応用の重要な一領域となります。脳情報へ書き込む手法として近年「ニューロフィードバック」(望ましい脳波帯が現れると音と映像でフィードバックをし、脳が自律的に学習するトレーニング)という方法が提唱され、いくつも応用事例が出てきていますが、今後も開発が進んでいく技術だと思います。

3.脳活動や生体反応の計測が重要な理由



■脳活動や生体反応を計測することで行動には現れない正直な反応が計測できる

さて、これまでお話した「データの計測」について、これがなぜ重要なのかをお話したいと思います。理由は主に3つあります。

1つ目は、脳への「刺激」から「行動結果」にいたるまでの脳活動、生体反応を計測することで「なぜその行動に至ったのか」がわかるからです。例えばアンケート結果など、最終的な「行動結果」だけを見ていても、その結果自体にその時の社会的な状況や反応バイアスがかかっているので、実際の脳がどう反応していたのかはわかりません。ですから、そういったバイアスなどの影響を排除して「実際に脳はどのように感じているのか」を計測するには、脳活動の計測、生体データの計測が欠かせないのです。

この脳活動の計測について、少し詳しくお話します。 脳活動には「fMRI(ファンクショナルエムアールアイ)」「NIRS(ニルス)」「EEG(イーイージー)」という代表的な3つの計測方法があります。

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まず「fMRI」ですが、空間分解能が高い、ということがメリットとして挙げられ、脳の深部の反応を直接計測できます。しかし機器の費用やランニングコストが非常に高く、また機材が大きく、強い磁力が発生するので、専用の部屋が必要となり、日常環境で計測ができないことがデメリットとして挙げられます。また、空間分解能は高いのですが、脳波と比べると時間分解能は低く、連続的に変化する複数の刺激に対して脳活動との関係を厳密に特定するのは難しいという特徴もあります。

逆に「EEG」は、「fMRI」と比べて時間分解能が高く、「ある刺激を与えたときに、何ミリ秒後にはどういった反応が起きるのか」という評価も計測可能になります。さらに、計測精度は大きく低下するものの「nekomimi」のように、非常に簡単に装着できるデバイスも開発されており、実環境下でも計測しやすいというメリットがあり、研究例も豊富です。デメリットは、電気的なノイズに弱く、「まばたき」「咀嚼」といった、ちょっとした筋肉の動きにも結果が影響されやすいという点です。結果、ノイズの影響を除去するために、基本的には大量の試行回数が必要になります。

「NIRS」は、シンプルな結果が得られ、子供にも装着可能なデバイスが販売されているというメリットがあります。その一方で、時間分解能、空間分解能ともに他の2つの手法に比べて低く、研究例が少ないため、脳の機能を推測するのは難しいというデメリットがあります。

続きまして、実際に行われている脳活動計測における研究事例についてお話します。
まず睡眠中に見ている「夢」や画像が、脳の情報から再現できるという事例です。

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睡眠状態の時に、fMRIを用いて脳活動の情報を計測しておき、覚醒直後に「どういう夢をみていたのか」を言葉で報告してもらいます。その報告と、脳活動のデータから導き出す夢の内容の予測が、かなり一致するということがわかっています。

また同じような実験で、fMRIの中で、被験者にある動画像を見てもらい、そのときに計測した脳活動データから予測し再現をすると、実際に見ている画像とかなり一致させることが可能になっています。
また、Youtubeにもこの「夢」の再現の話が動画で上がっているので、ご覧頂きたいと思います。
UC Berkeley“ Vision Reconstruction”


■脳活動や生体反応を計測することで個人差に対応することができる

続いて脳活動や生体反応の計測が重要な理由の2つ目をお話します。
計測結果から導かれた「一般化されたモデル」を用いると、効率的にヒトの反応や行動を予測することができますが、必ずしも万能ではなく、個人差には柔軟に対応できません。さらに、同一人物内であっても、年齢やその時の社会的な文脈によって差が生じますから、より正確にそのヒトの状態を把握するためには脳活動や生体反応を計測することが必要です。

ビジネスにおいても、ターゲットとなる個人の状態を計測して、その結果に基づいてサービスや製品をより効果的なタイミングで、より効果的な方法・内容で提供していくということは新たな価値を創出することになります。そういった個人差や個人内の差についてどの程度解明が進んでいるのか、個人差に関する研究をいくつかご紹介します。2011年に雑誌「Nature Neuro Science」のレビューにて、『「意思決定」「知能・情報処理速度」「社会認知能力」「個人特性」などの観点において、脳に構造的な個人差がある』ということが報告されているのです。

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例えば、「意思決定」に関しては、選択の反応速度(正しい選択ができるかの個人差)が、脳の灰白質という場所の密度と相関があり、また速度と精度のトレードオフの調整能力は、前補足運動野と線条体間の接続強度と相関があるとの報告があります。いわゆる「知能」と呼ばれる領域についても、皮質の厚さと白質との相関性が指摘されています。しかし、ここで注意しなければならないのは、これが遺伝で全て規定されているわけではなく、後天的に、その人のおかれている環境や経験で変化していく可能性がある、ということです。

「社会的認知能力」についても、情動などに関連する扁桃体の体積と、社会的ネットワークのサイズや複雑さと相関関係があると言われていて、いわゆる「ビッグファイブ」と呼ばれる「個人特性」についても、それぞれ異なる脳の領域との相関関係が示されています。しかしこういった「相関がある」という報告がある一方で、「相関はない」という別の研究結果があるのも現状です。最終的な結論にはいたっていませんが、脳の情報から個人差を推測することも可能であると考えられます。

個人を計測する必要性を示す研究例について、2点お話します。

1点目は、意識的な回想と無意識的な記憶が、それぞれAttention※にどのように影響を与えるかという研究の例です。(※編集部注:アテンション/感覚入力を選択し、処理を促進させる神経機構。今回は「視線」という意味で使われています)
どういった実験かというと、ある写真は3回提示し、ある写真は1回しか提示しない、というような条件で写真内に隠れた小さな文字を探索するという学習を事前に行い、その後のテストでは、学習段階ですでに提示している写真と、全く新規の写真を見せて見たことのある写真かどうかを6段階で評価したうえで同様に文字探索課題を行います

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この実験の興味深い結果として、意識的に「記憶している」と答えた場合だけでなく、「見たことがない画像である」と答えている場合でも、有意に正しい方向にAttentionが向いているという結果が出ている点です。

これは学習の結果、本人が意識できないレベルでもAttentionが変化しているということを示しています。これは、同じ状況であっても、もしくは同じ人物であっても、それまでの似たような状況や課題における学習や経験によってAttentionのかかり方は変わりうるため、やはりその時のその人の状態を生体反応レベルで計測することが重要であることを示唆しています。

2点目は、刺激の意味特性によってAttentionの個人差が予測できるという事例です。

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実験内容としては700枚の画像をそれぞれ3秒間提示し、それをただ眺めるというものです。結果として、例えば、人の顔をよく見る人は、どの画像においても人の顔をよく見るということ相関が検出されています。一方、パーソナリティ変数(パーソナリティを構成する要素)と、注視行動の違いとの間には有意な相関はなく、Attentionの個人差を予測するためには実際に計測を行うことが重要であることが示唆されます。

ビジネスの文脈で言えば、必ずしも「万人に効果のあるパッケージや広告」があるわけではなく、一人ひとり訴えかけやすい内容は異なるため、パーソナライズしたパッケージや広告にはやはり効果があるということを示唆していると考えています。

サービスの事例としては、現在は提供されていませんが、IoT技術を活用した資生堂のスキンケアサービスブランド「オプチューン(Optune)」が挙げられます。

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画像引用元:Optune | 資生堂

これは個人の特性だけではなく、日々変化する肌の状態を実際に計測し、それにあった化粧品を提供するという趣旨がこれまでの商品と異なりました。こういった実際の計測結果をもとにしたパーソナライズのサービスというのは、さまざまな分野で応用できるものだと思います。


■脳活動や生体反応を計測することで新たな「モデル」を構築することができる

最後になりますが、「データ計測が重要な理由」3つ目は、脳活動の計測が、先ほどよりお話している「モデル化」のために必須だからです。

ヒトの脳の神経回路の接続状態を再現する「ヒト・コネクトーム」の構築を目指す研究では、神経回路にかなりの個人差があることなどから、なかなかヒトゲノムのように明確な答えを出せていない状況です。このことは先ほどの「一般化したモデルだけではなく、個人の脳活動のデータを計測していくことが重要である」ということにもつながります。

一方、脳の情報処理のメカニズムを解明することによってヒトに近い情報処理が可能な人工知能を開発しようとする取り組みが盛んになっており、ヒトの脳の情報処理を模倣した「ニューロモーフィックコンピューティング(人間の神経細胞の働きと仕組みを模倣し、人間と同様に脈絡のない刺激から柔軟に学習できることなどを目指す研究分野)」はその典型的な例であり、世界各国で研究が進んでいます。また、ヒトの脳の反応を人工知能として実装するという方向の研究も行われており、その実例については後述します。

4. ビジネスへの応用が期待される「脳情報への書き込み」とは


■脳の情報処理に非侵襲で介入できる「ニューロフィードバック」

脳活動計測の話以外に、ビジネス応用が非常に期待される分野として「脳情報への書き込み」の話もしたいと思います。

「脳情報への書き込み」は、脳の情報処理に積極的に介入して体験や感覚、状態を本人の意思や意識とは関係なく作り出すことのできる技術であり、今後デバイスやプロトコルなどがさらに整備されると、今後の「脳科学のビジネス応用」の主流にもなっていく可能性を秘めた分野だと思います。

この分野での研究事例をいくつかご紹介します。
まずは、先ほどお話しした「ニューロフィードバック」の手法を用いて、人の好みが変えられるという事例です。

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400枚の顔写真を被験者に見てもらい、顔の好みを事前に評価してもらいます。その結果をもとに、fMRIを利用して、好きな顔を見ている時の脳活動と、嫌いな顔を見ている時の脳活動を測定し被験者一人ひとりの好みを表すデコーダを作成します。

ある顔写真を提示しながら、そのデコーダをもとに「好き」に関わる脳活動を誘導(ニューロフィードバック)すると、最初は好きでも嫌いでもなかったその顔写真が「好き」になる、ということが報告されています。逆に「嫌い」に関わる脳活動を誘導すれば無意識的に「嫌い」になります。この結果はビジネス応用だけでなく、自閉症などの精神疾患の治療への応用が期待されています。

次に、ニューロフィードバック技術を応用した「英語リスニング能力の向上サービス」の事例です。

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「R」と「L」の音を聞き流しながら、きちんと「聞き分けられている脳波」が出た時に、画面上の丸が大きくなるというような視覚的なフィードバックを与え、その丸を大きくさせるように訓練を行うと、「R」と「L」を区別する認知テストの正答率が約60%から約90%まで上がったという研究結果が出ています。音の聞き分けを学習しているつもりがなくても、無意識にニューロフィードバックの効果で「R」と「L」の音が聞き分けられるようになるのです。

その他の製品化されている「脳への書き込み」の例としては、「EEGヘルメット」が挙げられます。ヘルメットのセンサーで脳のα派を計測し、α派を安定した状態に保つことでドライバーのパフォーマンスの向上が期待できます。 また、メンタルトレーニングへの応用事例として、ヘッドセッドで脳波を計測し、そのメンタルの特徴に基づいたエクササイズが行えるような製品も出ています。アスリートのパフォーマンス向上にも利用されており、一般向けに10万円程度で販売されています。

5. 脳融合型AIがもたらすビジネスへのメリット


■脳情報処理をAIに融合した「脳融合型AI」

改めて、今回の主題である実際に脳活動の計測や生体データの計測が進んでいる例として、「脳融合型AI」の事例をご紹介します。このAIを活用した代表的な例として、「TVショッピング番組構成の改善」があります。

従前通り番組構成担当者が考えて作成した番組と、このAIが予測した視聴者の反応をもとに作成した番組を実際に比較したところ、AIを活用した番組構成のほうが、入電件数が27.6%も高いという結果が出ました。ここから考えられるのは、この脳融合型AIは単に人の代替になりうるだけではなく、熟練者が行う以上にヒトの反応を正確に予測できる可能性があるということです。

ここで、この「脳融合型AI」の情報処理がわかる動画を紹介したいと思います。事前に計測した脳活動データから動画像を提示した際の脳活動を推定し、脳活動から知覚内容や印象を推定するデコーダーと組み合わせることによって、インプットされた動画に対してそこからヒトが受ける印象や知覚内容を名刺や動詞、形容詞に置き換えて表現しています。

“NeuroAI DemoMovie fy20” :NeuroAI NTTDATAより

これをご覧いただいてわかるのは、従来のAIであれば動画や静止画像自体の物理的な特性や音声、文字といった客観的な情報のみしか解析ができなかったのが、脳融合型AIではこれらに加え主観の評価もできるという点で、AIの可能性を大きく飛躍させるものといえます。この脳融合型AI「NeuroAI」は動画像の評価だけではなく、「音楽トレンドを可視化する」といった領域をこえた応用事例も出てきています。

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「NeuroAI」を利用した楽曲を聴いた際の推定脳活動をAIの情報処理に組み込むことで、音楽的な特徴だけでは捉えられない楽曲の特徴を抽出でき、より高精度なトレンド予測やヒットソング予測も可能になるということが報告されています。


■表情認識と心理計測によるイベント/コンテンツの効果測定

まだ研究開発段階ですが、生体データや心理データを実環境下で計測し、サービス化を検討している事例として、NTTデータ経営研究所と松竹芸能で共同で取り組んでいる「笑育(わらいく)」の効果評価を取り上げます。

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「笑育」はお笑い芸人が講師となって、発想力やコミュニケーション力を高める体験型の研修プログラムです。参加者に対し、単純に感想をアンケートとして取るのではなく、表情の変化を計測しその程度を評価し、目的とする各種心理指標について体系的に実施前と実施後に測定することによって、研修プログラムとしての客観的な効果評価を行います。

ここで基盤となっている表情認識について少し体系的に整理すると、笑育の取り組みで採用した動画像を介した特徴量評価だけではなく、生理学的なアプローチで表情筋から評価したり、皮膚温から評価したりすることも可能となっています。特徴量評価や表情筋評価、皮膚温評価いずれの方法論も、自然に表出した微細な表情でもある程度正確に計測できるということが報告されている一方で、表情の分類の精度や表情の強度の評価については細かい計測方法によって差が出てくるようです。


■脳活動データ・生体データ・心理データは手つかずの経営資源

これまでお話した通り、脳活動や生体データ、心理データを計測することは、消費者やユーザー一人ひとりの個性・状態を正確にとらえ、よりその人にとって付加価値の高い製品・サービスを提供していくために不可欠です。また、それらの計測結果を基にして、脳融合型AIに代表されるようなより正確で実効性のある一般化したモデルを作ることもビジネスへの応用としては非常に有用です。これらのデータは、各企業にとって眠らせたままになってしまっている手つかずの経営資源であると言えるだけでなく、エネルギー資源などが乏しい日本にとっても国際社会で競争力をつけていくために重要な資源・財産でもあります。

しかし、このような資源を活用していく領域は、まだまだ方法論やビジネスモデル含め発展途上ですので、今回視聴くださった皆さんとぜひ一緒に取り組んでいきたいと考えています。

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