
- 配信日:2025.06.02
- 更新日:2025.06.02
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表面処理技術の最新動向:4万件論文徹底分析!耐摩耗・耐食から自己修復まで
この記事は、リンカーズ株式会社が主催したWebセミナー『次世代表面処理技術の最前線 〜耐摩耗・耐食から自己修復まで、4 万件の論文を徹底分析!~』のお話を編集したものです。
リンカーズ株式会社で技術調査を専門とし、これまで 200 件以上の様々なテーマで技術調査を行ってきた浅野 佑策(あさの ゆうさく)が、『 Linkers Trend Map 』を活用した表面処理技術に関する最新動向分析について詳細に解説しました。直近5年間に発表された約4万件の論文を 13 グループに分類し、耐摩耗技術、耐食技術、撥水技術など主要8分野における技術トレンドを包括的に紹介しています。
記事の最後の方では、セミナーで使用した講演資料を無料にてダウンロードいただけますので、あわせてご覧ください。
目次
●表面処理技術の最新動向:Linkers Trend Map による 4 万件の論文徹底分析
●表面処理技術の調査対象と分析の観点
○分析手法
●表面処理技術:耐摩耗技術の分析結果
○ 耐摩耗技術の Web 上の分析結果
○ 耐摩耗技術に関する論文の分析結果
●表面処理技術:耐食技術の分析結果
○ 耐食技術の Web 上の分析結果
○ 耐食技術に関する論文の分析結果
●表面処理技術:撥水技術の分析結果
○ 撥水技術の Web 上の分析結果
○ 撥水技術に関する論文の分析結果
●表面処理技術:低摩擦・潤滑技術の分析結果
○ 低摩擦・潤滑技術の Web 上の分析結果
○ 低摩擦・潤滑技術に関する論文の分析結果
●表面処理技術:抗菌・抗ウイルス技術の分析結果
○ 抗菌・抗ウイルス技術の Web 上の分析結果
○ 抗菌・抗ウイルス技術に関する論文の分析結果
●表面処理技術:熱制御技術の分析結果
○ 熱制御技術の Web 上の分析結果
○ 熱制御技術に関する論文の分析結果
●表面処理技術:自己修復技術(セルフヒーリング)の分析結果
○ 自己修復技術(セルフヒーリング)の Web 上の分析結果
○ 自己修復技術(セルフヒーリング)に関する論文の分析結果
●表面処理技術:バイオ相容性技術の分析結果
○ バイオ相容性技術の Web 上の分析結果
○ バイオ相容性技術に関する論文の分析結果
●リンカーズのサービス紹介とまとめ:AI を活用した次世代リサーチを支援
表面処理技術の最新動向:Linkers Trend Mapによる4万件の論文徹底分析
本セミナーの内容は、表面処理技術に関する約4万件の論文を分析し、どのような技術が含まれているのか、どの技術が伸びてきているのか、新しい材料・加工技術が使われているのかなどを技術単位でまとめたレポートの一部抜粋です。
そのレポートは、弊社が 2024 年度に新しく立ち上げた『 Linkers Trend Map 』という分析サービスを使って作成しました。まずは『 Linkers Trend Map 』がどのようなサービスなのか、簡単に説明します。

『 Linkers Trend Map 』は論文と特許の分析サービスです。数万件におよぶ論文・特許を自然言語処理の AI を使うことで1件ずつ分析してレポートを作成。大量のデータに基づくトレンドを可視化します。

『 Linkers Trend Map 』は基本的に、お客様からテーマをいただいて、そのテーマに関するレポートを作り、お渡しするというサービスです。それだけでなく、私たちの方でお客様の調査ニーズが高い分野のレポートを先に作って提供する仕組み(『 Linkers Trend Map – 技術総覧 – 』)も用意しています。

今回お話しする内容は『 Linkers Trend Map – 技術総覧 – 』の1つ、表面処理技術に関するレポートの一部です。
表面処理技術の調査対象と分析の観点

今回は特許ではなく論文に絞り、直近5年( 2020 年から 2024 年末まで)の約4万 3000 件の関連論文を抽出し、分析対象としました。
画像左側のグラフは国別に色分けした年次推移で、真ん中はステータス別です。ステータス別では論文を実用化研究や応用研究、基礎研究といった観点で色分けしており、ほとんどが応用研究という結果になっています。
国別で見ると中国が多く、約 25 % を占めています。ただし、表面処理技術は中国の影響が比較的小さい分野という印象です。最近、ほとんどの技術分野で中国の論文が半数を超えることが多いので、 25 % というのは中国の影響力が他の分野ほど強くないと言えます。
次に薄紫色のインドの論文が多いというのは少し意外なところです。中国やインドがどの分野で多く論文を発表しているのかというのも、この『 Linkers Trend Map – 技術総覧 – 』レポートで分かるようになっています。
画像右側のグラフ、発表している論文数が多い組織を見ますと、 Chinese Academy of Sciences が最上位に来ています。この組織は多くの技術分野で世界最上位の論文数を占めています。他にも、中国の大学が上位を占めています。
分析手法

収集した約4万 3000 件の論文を 13 個のグループに分類し、それぞれのグループでさらに詳細な技術カテゴリに分解して調査しました。例えば「耐摩耗技術」には 5,512 件の論文があり、これをさらに分解してどのような技術が含まれているのか調査・分析したという形です。
< 13 個のグループ>
- 1. 耐摩耗技術
- 2. 耐食技術
- 3. 撥水技術
- 4. 光学制御
- 5. 接着改良
- 6. 低摩擦・自己潤滑技術
- 7. 防汚・防氷・超撥水技術
- 8. 抗菌・抗ウイルス技術
- 9. EMIシールド・導電/帯電防止技術
- 10. 熱制御技術
- 11. 自己修復技術
- 12. バイオ相容性
- 13. デザイン性向上

グループごとに論文数の推移を見ると、5年間で論文数があまり変化していません。他の分野では年々論文数が増加する傾向がありますが、表面処理技術の分野は比較的安定しているという特徴があります。
今回は、先ほど紹介した 13 個のグループのうち、8個のグループの分析結果を一部紹介します。
<8個のグループ>
- 1. 耐摩耗技術
- 2. 耐食技術
- 3. 撥水技術
- 6. 低摩擦・自己潤滑技術
- 8. 抗菌・抗ウイルス技術
- 10. 熱制御技術
- 11. 自己修復技術
- 12. バイオ相容性
表面処理技術:耐摩耗技術の分析結果

まずは耐摩耗技術の分析結果です。
耐摩耗技術のWeb上の分析結果
耐摩耗技術について企業がどのような取り組みをしているのか、プレスリリースや各企業が発表したニュースなどを中心に調べ、その動向を3つに整理しました。

切削工具における高硬度コーティング技術の開発が活発です。高硬度コーティングは切削加工現場で性能を左右する重要な要素で最近では CBN (超高圧焼結体)や超硬母材の多層コーティングなどを使って、耐摩耗性と靭性を両立する新しい技術が注目されています。
画像に3つの事例を挙げました。左側の住友電気工業では CBN 切削工具を使った加工装置向けの素材開発が進められています。真ん中の三菱マテリアルでは CBN を使った耐摩耗性の高い部品開発が行われています。また左側と同じく右側の住友電気工業では、アルミニウム含有量の異なる AITiN 膜をナノメートル単位で積層することで、高硬度と高い耐摩耗性を確保する技術が開発されています。

自動車は過酷な使用環境にさらされるため、窓やブレーキパッドなど様々な部位に耐摩耗性を付与することが求められています。
画像左、 AGC ではディスプレイ用カバーガラスを強化する技術を開発しています。また真ん中の日新電機はインドにファインコーティングサービス工場を新設し、窒化物コーティングや DLC (ダイヤモンドライクカーボン)コーティングを自動車部品に適用しています。右側のレゾナックでは、ディスクブレーキパッド用の耐摩耗素材の開発が進められています。

医療機器やインプラントなどの体に埋め込むものは、一度埋め込むと取り出しや交換が困難なため、生体適合性を持ちつつ長期間使用できる耐摩耗性が重視されています。そのためプラスティックの PEEK コーティングやチタン系コーティングなどを使い、長持ちする製品開発が企業・大学などで進められています。
耐摩耗技術に関する論文の分析結果

耐摩耗技術に関する約 5,000 件の論文を技術分野ごとに分類しました。各カテゴリーの論文の件数と伸び率(直近5年で年間何 % ずつ伸びているか)を画像に示しています。
特に注目されている技術として、「高エントロピー合金コーティングで強力な耐摩耗・耐腐食性向上」というカテゴリーが年間 31.4 % の伸び率を示しており、急上昇中の分野だと言えます。
主な技術動向としては、高機能薄膜・複合膜技術の多様化と多機能化、そして3次元成膜・溶射技術のさらなる高精度化と深化が見られます。

こちらの画像は、論文の件数と伸び率をグラフに落とし込んだものです。特に伸びている高エントロピー合金コーティング技術について深掘りしていきます。

高エントロピー合金コーティング技術は 2020 年から右肩上がりで論文数が増加している状況です。その半数が中国が発表したものになっています。また 2024 年からはインドが急激に研究を進めていることがわかります。

高エントロピー合金コーティングは、複数の元素を等量比で組み合わせる高エントロピー合金( HEA )をコーティング材料とすることで、相安定性と高硬度を両立する新しい表面改質分野です。具体的には、 WC や TiC などのセラミック系粒子を添加して複合化した高エントロピー合金被膜の開発が進められています。分散粒子が結晶粒を微細化し、硬度・高耐摩耗性を発現しながら疲労亀裂の進展も抑制するという技術です。画像は、この技術に関連する論文をピックアップしたものです。

他には、リフラクトリー元素という気化しにくい金属を組み合わせによる高温耐性を持つ高エントロピー合金の開発も進められています。

さらに機械学習を利用した合金のパラメータを最適に制御するという研究も活発に行われています。
このように注目技術の動向と、具体的な論文まで調べられるのが『 Linkers Trend Map 』の強みの1つです。
表面処理技術:耐食技術の分析結果

次に耐食技術の分析結果を解説します。まずは Web で調べた、企業の取り組みについてです。
耐食技術のWeb上の分析結果

まずはアルミニウム酸化皮膜に関する取り組みを紹介します。アルミニウム酸化皮膜の真空アークや電析技術、難燃性エポキシなど新規プロセスが増加し、高度な表面保護機能が提供されています。実際の企業の取り組みとして、画像右側のヘンケルでは、2液型エポキシ系荷脂で高い難燃性を付与し、バッテリーパックの外装に塗布するだけで火炎の拡大を抑える技術を開発しています。

そして耐腐食性の高い合金の開発も進んでいます。画像左側の KOBELCO グループでは、チタン表面の酸化被膜中にナノサイズのカーボンを分散し、優れた耐食性と導電性を同時に実現した材料が開発されています。また右側の JFE Steel Corporation では、特別なコーティングなしに高温・高温環境でも安定的に稼働するフェライト系ステンレス鋼を開発しました。このような新しい合金を作る技術の開発も活発に進められています。

応用用途ではありますが、大規模構造物や公共インフラにおいて、塩害や厳しい気象環境から保護するコーティング技術が強化されています。特に透明性や工期短縮など施工効率を重視した開発が活発です。
耐食技術に関する論文の分析結果

耐食技術の論文を分析した結果を見ていきます。主な研究動向としては、ナノ粒子や複合材料を活用した耐食性向上や、高エネルギーを活用して表面の微細構造や組成を制御し、膜を作る技術が見られます。また、エネルギーデバイス(電着など)として長く使える材料の開発、腐食評価・シミュレーション技術の高度化、さらに医療・生体材料への応用といった分野で研究が進んでいます。

腐食技術についても伸び率をグラフに落とし込みました。特に伸び率が高いのは「エネルギーデバイス向け防食改質技術」です。こちらについて詳しく見ていきます。

「エネルギーデバイス向け防食改質技術」は、電池や太陽電池などのエネルギーデバイス向けに、電極や中身の部品を長持ちさせる研究です。亜鉛イオン電池やリチウムイオン電池への薄膜形成やナノ構造設計、ヘテロ接合やドーピング手法に加え、原子層堆積( ALD )やプラズマ強化ALDによる高精度コーティングが含まれます。

また、リチウムリッチ正極における多重改質とドーピング技術も活発に進められています。

さらにイオン伝導膜と拡散制御による Ni リッチ正極の長寿命化設計も行われています。

他には高エントロピー合金を使った多層保護膜による高温耐食と導電性確保の技術も盛んです。


それから、軽金属基板への窒化物・酸化物薄膜コーティングによる防食と導電の両立、 ALD 活用による光電極と燃料電池触媒の高耐久コーティング設計なども注力されている分野です。
表面処理技術:撥水技術の分析結果

続いては撥水技術の分析結果です。撥水技術は身近な製品へ応用されている事例が多く見られます。
撥水技術の Web 上の分析結果

まず医療・アパレル分野では、画像左側の丸井織物株式会社が撥水機能、ストレッチ性、抗菌防臭機能を持ち、アイロン不要のシャツを開発し、クラウドファンディングで目標の 400 % 近く資金調達に成功しています。また、真ん中のスタイリングライフ・ホールディングスはノルウェーのブランドとコラボした撥水加工服を展開しました。画像右側のファミリーマートでは撥水パーカーを開発・販売しており、レインコートではなく普段使いする服に撥水加工を施していく動きが見られます。

自動車・スポーツ用品分野では、ソフト 99 コーポレーションがスプレーで簡単に撥水処理ができる製品を提供しています。そしてブリヂストンがゴルフボールへの撥水処理によって弾道を安定させる技術を開発しています。

そしてコーティング技術について。様々な企業がコーティング技術やシートを開発・販売しています。個人的に画像右側の魁半導体の技術が非常にユニークだと感じました。薄膜を作る装置で、空気中では撥水性を示し、水中では親水性に変化する特性を持つ薄膜を作ることが可能です。
撥水技術に関する論文の分析結果

撥水技術に関する論文を分析すると、主な研究動向として高硬度材料・防傷コーティングによる撥水性と物理的な耐久性を両立させる研究が見られます。また、先進加工技術による精密な表面形状制御(微細な凹凸で撥水性や防汚性を向上)や、自然模倣(蓮の葉や昆虫の羽など)による撥水特性の再現なども進んでいます。さらに、バイオベース材料とフッ素化合物の融合のような環境負荷低減と撥水性の両立、層状構造と高分子設計による濡れ性切り替え(親水・撥水の切り替え可能な表面設計)なども研究されています。

撥水技術に関する分野で特に伸び率が高い「バイオベース材料とフッ素化技術の融合で目指す高機能撥水化」について詳しく見ていきます。

基本的なコンセプトは、バイオベースポリマーにフッ素化合物やシリコン成分を少量導入して撥水性を高める技術です。




具体的には、バイオ由来ポリマーとフッ素化シリカの多層撥水技術(フッ素化シリカをバイオ由来ポリマーに混入し、環境負荷を抑えつつ撥水性を確保する技術)や、フッ素シリカ添加バイオ材脂で高強度かつ撥水性を両立する技術(生分解性ポリウレタンやポリ乳酸などにフッ素化シリカを添加する技術)、セルロースナノファイバーを撥水性コーティングに応用する技術、、フッ素量を最小限に抑えつつバイオマス由来ポリマーなどを組み合わせる技術なども開発されています。