• 配信日:2020.09.01
  • 更新日:2023.09.01

オープンイノベーション Open with Linkers

産学連携が上手くいく秘訣

※本記事は、Innovation by Linkersに過去掲載した記事の再掲載記事となります。

近年、企業と大学を中心とした研究機関そして官公庁が協働し、新製品や技術の開発を目指す産学官連携の動きが活発化しています。

パワーエレクトロニクス分野における企業との協働開発で実績を残し、2017年産学官連携功労者表彰において文部科学大臣賞を受賞された長岡技術科学大学 芳賀仁准教授(博士)に、ご自身の研究について、そして産学官連携の理想についてお話を伺いました。

実際に産学連携で成果を出している大学の先生の声は、産学連携に取組んでいる企業の方に参考になる言葉が多くあると思いますので、是非最後までご覧ください。

企業と大学が夢を共有し、それを実現するために


長岡技術科学大学 電気電子情報工学専攻 芳賀 仁 准教授
長岡技術科学大学 電気電子情報工学専攻 芳賀 仁 准教授

パワーエレクトロニクスに向けた3つのアプローチ

リンカーズ

本日は、宜しくお願いいたします。まずは、先生が現在研究されている分野について教えて下さい。

長岡技術科学大学 芳賀様 

私が研究しているのは、パワーエレクトロニクス(以下、パワエレ)という分野です。



パワーエレクトロニクスについて語る芳賀仁教授(右)とお話を伺うリンカーズ
パワーエレクトロニクスについて語る芳賀仁教授(右)とお話を伺うリンカーズ

芳賀様:私たちの身の回りにある電気製品はコンセントから電気を取ったうえで、各製品の中で用途に合わせて電気の形を変えて利用しています。

その際、電気の損失が発生するのですが、その損失を減少させることで省エネに貢献するための技術を研究しています。

当研究室の専門分野は製品・産業といった応用の分野にとても近いため、基礎研究よりも、むしろ応用研究が中心です。近年、モータが使用する電力も大きなものになっており、応用のための新たなニーズが生まれています。

例えば電気自動車を対象にしたモータドライブシステムの開発、またエアコンや冷蔵庫などの家電をグローバル展開するためのモータの改良。こうした課題に応えるために、3つの方向性から取り組んでいます。

1つは、一対の装置であるモータとインバータ(モータの回転数を自在に制御する電力変換器)を同時に研究・開発して省エネを図るというもの。

一般的にモータとインバータは個別に研究されているのですが、当研究室ではこの2つを統合して研究しています。

2つ目は、インバータの低コスト化・小型化・軽量化です。パワーエレクトロニクスの価値とは、機器の中の部品としてできるだけ存在感を少なくすることだと考えています。

言うなれば、黒子に徹して目立たなくするということ。そのためにインバータの部品点数を可能な限り減らし、リアクトルや電解コンデンサなどの必要部品を小型化することを目指しているのです。私は、これを『レス化』と呼んでいます。

そして、もう1つが蓄電装置の高性能化。近年、リチウムイオン蓄電池やフライホイール・バッテリーなどエネルギーを蓄えるための装置が普及しており、これらにもインバータが使われています。

電力系統向けの電力平準化装置が求められていますが、こうした装置の高効率化・小型化・低コスト化の実現に向け、産学連携で取り組んでいます。

リンカーズ西山:先生がパワーエレクトロニクスの分野に興味を抱かれたきっかけは何でしょうか

芳賀様:私は長岡技術科学大学の出身なのですが、たまたま所属したのがパワーエレクトロニクスの研究室でした。それまでこの分野についてあまり知識はなかったのですが、学んでいくうちに興味を持つようになったんです。

むしろ、学会に出席したりこの研究を取り巻く業界のムードを知ったりするうちに、居心地のよさを感じたという感じでしょうか。

学術的でありながら、研究の応用例を身近に感じられることもやりがいにつながります。また、実社会と距離が近いため、懇親会などに出席することで社会人としての幅も広げることができる。そんなところが、この研究分野の魅力なのだと思います。

例えば普通の学術学会ではすごくアカデミックなムードがあり、研究者だけのオフィシャルな集いというイメージがあるかしれません。

しかし、パワーエレクトロニクスの分野は研究者と企業人の距離が近く、ともに協力して社会を盛り上げていこうという意思を共有することができます。

リンカーズ西山:先生は一度、企業に就職されてから大学に教員として戻られた経緯をお持ちですが、企業に就職されたのはなぜですか?

芳賀様:実社会におけるパワーエレクトロニクスの最先端を知ることができる企業で働きたいと考えたからです。そこでダイキン工業株式会社に就職し、研究開発職として実務に携わって得た知識と経験が現在の大学での研究に活かされています。

企業ならではと言える研究手法や切り口、設備の使い方などの研究文化を知ることができたこと。そして何より、企業が大学に何を求めているのかが良く分かるようになったことは、とても重要でした。

誰もがパワエレを身近に感じられる未来へ



コンビニで気軽に電気を売り買いできる?

リンカーズ

先生が現在の研究活動で目標とされていることは何でしょうか?

長岡技術科学大学 芳賀様 

将来的には、例えばコンビニエンスストアなどで気軽に利用できるようなパワエレ技術を作りたいですね。



「まだ蓄電のために電池そのものを携帯している人はいませんよね?」パワエネの未来を語る。
「まだ蓄電のために電池そのものを携帯している人はいませんよね?」パワエネの未来を語る。

芳賀様:いつ実現するかはまだ分かりませんが、将来的にはコンビニエンスストアなどで気軽に利用できるようなパワーエレクトロニクス技術を開発したいですね。

今は携帯電話・スマートフォン・パソコンにも電池がついており、人々は電池が内蔵されたそれらの機器を持ち歩いています。しかし、電池そのものをメインとして持ち歩いている人はいませんよね?

太陽光発電システムの普及が進み、将来的に自宅で蓄電した電気の余剰分をコンビニが買い取るシステムができたとします。

そうした余剰電気を携帯できるような小型蓄電池に入れて、コンビニのATMコーナーの隣に設置された蓄電装置に接続する。そして、その分の電気代を利用者が受け取ることができるようにするというのはどうでしょう。

あるいは逆に、電気をたくさん使う必要があるのに天候が悪く、十分な電気を発電できないような場合、コンビニに立ち寄ってお金を払い、電気をチャージできるようにするということも考えられます。

リンカーズ西山:私たち生活者が、電力をより身近に扱う時代がやってくるということですね

芳賀様:これまでパワエレは、企業や電源メーカーが価値を議論してきました。しかし将来的には、子どもや主婦、お年寄りもパワエレに価値を感じて利用する、身近に活用されるようなものにしていきたい。そういう流れに貢献したいと考えています。

モータの信頼性に未来が掛かっている


安全性こそが技術の可能性を切り拓く


リンカーズ

モータ、そしてインバータ研究の最新の取り組みについて教えていただけますでしょうか。

長岡技術科学大学 芳賀様 

信頼性と安全性を高め、この技術の未来への礎を築いています。

芳賀様:近年は電気自動車が普及しつつあり、ここでもモータが使用されています。モータとインバータは両方が正確に作動しなければならないため、例えばインバータが作動を停止したら、その電気製品は作動しなくなります。これが電気自動車のなかで起きれば、人身事故を招きかねません。

こうした事故が多発すれば、電気自動車の普及そのものが妨げられてしまいます。そのために、少しでも信頼性と安全性の高いモータドライブシステムを開発するための研究を重ねています。

こうして信頼性と安全性を高め、社会からの信頼を得ていくこと。これによって、現在はまだ進出できていない宇宙開発や深海調査などの分野にも、パワエレが普及していく可能性が高まっていくのです。

産学連携から生み出される「イノベーション」の理想像



長いつきあいから利点を分かち合う


リンカーズ

産学連携活動を行うことのメリットは何でしょうか?

長岡技術科学大学 芳賀様 

連携期間が長期になるほど、お互いに良い影響があります



企業の開発技術者として働いた経験から、産学連携では企業の視点がよく分かると語る芳賀教授。
企業の開発技術者として働いた経験から、産学連携では企業の視点がよく分かると語る芳賀教授。

芳賀様:大学や企業や官公庁など異なる価値観を持つ者同士が同じ課題に取り組むと、意外と衝突することが少なくスムーズに作業が進むんですね。

これが大学同士や企業同士となると、プロジェクトにおける役割のすみ分けが難しく対立や衝突が生じます。

大学と企業、官公庁の三者ではすみ分けがはっきりしているので、長く付き合えるしお互い信用し合うことができる。

『連携』というのは、むしろ異分野同士のほうがうまくいくのかもしれません。恐らく、こういうところからイノベーションが生まれてくるのだと思います。

私の研究室は空調メーカーとも産学連携していますが、大学は技術開発に、企業は製品化の検討に注力していて、大学が製品化に向けて深く検討するようなことはありません。

解決すべき課題などは聞いていますが、具体的な設計図や製品プランなどは全く知らないんです。

逆に企業が大学に対して、製品化に向けたデータを求めたり、何かの開発を依頼したりすることもありません。上手くすみ分けられた関係性は、産学連携においてとても良い形だと思っています。

もちろんインバーターの小型化やローコスト化など、お互いに抱いている夢は共通です。しかし企業が大学に対してやり方や価値観を押し付ければ、大学は苦しくなってしまいます。

あるいは大学が企業にアカデミックなことを要求すれば、企業は興味を失ってしまうかもしれません。大学は製品化や納期などを気にせず、どんどんアカデミックに研究を進める。

企業はより生産性や納期を注視した活動をする。そのうえでお互いの活動内容を共有していけば、自然と形は出てくるのではないでしょうか。

大学は7~8年という長いスパンで研究を行うため、できるだけ早く製品を発表したいと考える企業は、少しイライラさせられるかもしれません。

しかし最終目標にたどり着くまでの研究課程では、次々といくつも小さな成果が出てくるもの。そうした小さな成果を情報共有していけば、企業は既存の製品のマイナーチェンジなどに役立てることができます。

また、産学連携に学生が関わることで、学生が先方企業へ就職したいという思いを抱くことがあります。企業も学生の研究姿勢に興味を抱いたなら、リクルートにおいて、お互いのマッチングのために有用な情報共有です。

これまでにも産学連携を通じて学生が連携先企業に就職した例があり、学生たちは幅広い人脈を得ることができます。それは、技術者として貴重な財産になると思います。

研究者に求められる意外な素質とは?



研究者は芸術家であるべき。そしていつもカジュアルな気持ちで。


リンカーズ

先生が理想とされる研究者像を教えて下さい。

長岡技術科学大学 芳賀様

芸術家であり、優れた研究者でもあった、レオナルド・ダ・ヴィンチですね



ステージでオカリナを演奏する。酒場では気さくに人々と話す。すべてが研究につながっている。
ステージでオカリナを演奏する。酒場では気さくに人々と話す。すべてが研究につながっている。

芳賀様:研究成果を発表する以上、芸術的な美しさも追求する必要があります。そういう意味で、ダ・ヴィンチは自らの研究を優れた芸術的アプローチで表現して発表しました。

そこに惹かれますね。研究者は発表において、美的感覚を重んじる芸術家であるべきだと思います。

そういう感性を磨くため、私自身も研究活動とは別に、音楽活動としてオカリナの演奏をしているんですよ。年2回はステージに立ちますし、そのために練習もします。そんな『表現者』の感覚は、常に持ち続けなければならないと思っています。

リンカーズ西山:大学の研究者が企業にアプローチするために必要なことは何でしょうか?

芳賀様:どんどん企業に足を運んで積極的にアプローチすることですね。相手側に興味を持ってもらうために、売り込みに行くべきです。

学会などの懇親会を利用するのはもちろん、自分で面会の機会を作って企業の担当者に会い、自分の考えやシーズを提示してコメントをいただくこと。これが大切です。

学会や技術展示会も重要な機会ですが、それらの打ち上げにある懇親会も大いに活用すべきです。もっとフランクに、企業の人々と打ち解けられますから。

リンカーズ西山:そこでカジュアルなつきあいを持つことで、企業人からフィードバックをもらったり、次の連携につながるきっかけを掴んだりできるということですね。

芳賀様:あとは、一人で飲み屋に繰り出すのも有効ですよ。たまたま隣り合わせた人と会話を楽しむんです。ときにはまったく異分野の業界の方で、かつ結構高い地位の人に出会えることもあります。

普段なかなか接点を持てないような人と語り合えるのが、一人飲みの楽しさですね。飲み歩きも“足で稼ぐ”営業ですから、ぜひおすすめしますよ。

リンカーズ西山:飲み歩き、私も試してみます(笑)本日は長時間ありがとうございました。

芳賀様:こちらこそありがとうござました。

長岡技術科学大学 芳賀 仁准教授からの学び


技術を応用する企業の視点に立ちながら、研究者としての理想も気負いなく語る芳賀教授。「いつになるか分かりませんが…」と前置きしながらも、コンビニで利用できるパワエレ蓄電に関しては「資金さえあれば来年にでも実現できる」と語ります。

芳賀准教授の語る『産学連携』の理想や研究者がなすべきこと、企業人がなすべきことは非常に具体性に富んでいます。企業と研究者は、長いスパンでお互いの持ち味を活かして活動していくこと。産学連携の意義について再認識した思いです。