• 配信日:2020.08.10
  • 更新日:2023.09.01

オープンイノベーション Open with Linkers

人材育成とは9割の人ができていない基礎を何度も繰り返して身に付けさせること 三谷宏治教授インタビュー1

※本記事は、Innovation by Linkersに過去掲載した記事の再掲載記事となります。

今回は、名著『経営戦略全史』にて経営戦略の歴史をひも解くことで「イノベーション論の構造」を解説された三谷宏治教授から、人材育成についてお話を伺いました。 元々は経営コンサルタントだった三谷教授ですが、企業人の育成や研修に多く関わり、現在は子どもの教育・育成に力を入れてらっしゃいます。「面白いものは手を動かし体を動かして試行錯誤することで生まれる。企業のイノベーション担当に対しても、小学生に対しても、言うことは同じ」 そういった基礎こそが大切という、シンプルで普遍的な話をお聞かせいいただきました。三谷教授のインタビューは2回に分けてお届けいたします。 今回は、「人材育成とは9割の人ができていない基礎を何度も繰り返して身に付けてもらうこと 三谷宏治教授インタビュー1」として、前半は三谷教授が自分自身、新入社員、マネジャー、一般社会人、そして子どもたちを教育してきた中でたどり着いた「基礎を教えること」について、後半は企業ですぐに取り組めることや成長する企業の特徴にお話が及んでいます。 人材育成に悩んでいる企業人、自分自身を成長させたいとお考えの方、企業を成長させたいとお考えの経営者など、色々な方にとって学びになるお話が詰まっています。これより6800字、是非一読ください。

教育との関わり - 人材育成・研修に関わって気付いた問題点と、繰り返すことの大切さ



三谷 宏治 教授

教育の世界に足を踏み入れたのは、自分を育成するため

リンカーズ  前田 佳宏

長く社会人の育成に携わっていて、後に子どもの育成・教育へ活躍の場を移された三谷教授にとって、人材育成とはどのようなものですか?

三谷教授

人材育成、教育の世界に足を踏み入れたきっかけは、自分自身を育成するためでした。

私は新卒で外資系の経営コンサルティング会社であるボストン・コンサルティング・グループ(BCG)に入りました。教育活動に関わることになったのは、当時そこに新人教育システムが無かったからなのです。1987年当時でも、BCGには20数年の歴史があり、東京オフィスもそれ位の歴史がありました。でも元々MBAを取った人間が中途で入社するような会社だったので、学卒を組織的に育てるような仕組みはほとんどありませんでした。たまたま私の前年から学卒者を定期的に採用し始めたので、先輩が入社の後の最初一週間の研修だけを作っておいてくれましたが、それだけでした。

自分たちを鍛えるための研修を自分たちで作る

だから経営コンサルタントとしての基礎はほとんどないまま経営コンサルタント(の卵)として働かなければならず、危機感を持った同期6人で研修プログラムを考えました。自分たちを鍛えるための研修カリキュラムを自分たちで作ったのです。マクロ経済はこの本、ミクロ経済はこの本を読んで、ファイナンス系の本はケーススタディーを銀行&ハーバード・ビジネス・スクール出身のあの先輩にやってもらおうだとか。幸い「先生」は社内に沢山いましたし(笑)。 その後、新入社員が入ってくれば自分たちが教える役になり、そのうちに私は中途入社の人たちの育成もするようになっていきました。日本はMBAで学んだことがすぐそのまま役に立つところではありません。トップダウンだけでビジネスが進む訳ではないので、ボトムアップの調査や分析が必須です。ただそれだけではお客さんと一緒になってしまうので、トップダウン的な思考や環境分析も鍛えなくてはいけません。そういった様々なスキルを研修を通じて強くしていくことをずっとやっていました。BCGで9年半やって、途中海外MBA(INSEAD)で学んだりして、益々ヒトを育てることの重要性を実感していた頃、声がかかってアクセンチュア戦略グループに移りました。

ヒトは教育で変わるのか?人材育成で効果はでるのか?

三谷教授

アクセンチュアはIT系の企業だったから、教育の価値を信じていた。

アクセンチュア 戦略グループに移ったとき、ひとつだけ条件をつけました。それは私をローカル・トレーニングの責任者にすること。そのころのアクセンチュアでは、入社時や昇格時に受けるグローバル・トレーニングなどは充実していたけれども、日々のローカル・トレーニングがほとんどありませんでした。だから、それをやらせて欲しいと言ったのです。かつそこに、私の時間の30%を6ヶ月間当てること、と。「是非」と即答でした。

研修の価値をしっかり考える

日本企業や多くの戦略系コンサルティング会社は当時、それほど研修を重視していませんでした。結局、元々の能力と努力次第だと思ってるし、座学よりOJTと思っています。でもアクセンチュアは元々がIT系の会社ですからトレーニングの価値や効果を信じています。情報システムの世界では、ベテランのコンサルタントが「忙しすぎて研修を十分受けられない」という理由で辞めたりします。自分をアップデートし続けないと、ITの世界では生き残れないのです。 私は経営コンサルティングの世界でも、研修の価値は大きいと思っていたので、それを充実させたいから私を研修責任者にし、そこへの時間投資を認めて欲しいと言ったのです。シニアマネジャーとして雇われた私が、その30%の時間を6か月間費やすということは、中・大型のプロジェクト1つを半年間取らないのと同じ意味があるので、1~3億円の投資とも言えます。それを「喜んで」と受けてくれました。 私はアクセンチュア入社後、戦略グループのローカル・トレーニングとして、①MBAで習うようなこと、②MBAではやらないけれどもコンサルタントして必要なスキル(インタビュー、プレゼンテーション、スライドライティングなど)、③時事ネタ(CRM、SCM、BIなど)、全部で40個ぐらいの研修をカリキュラムとして整理して、コンテンツを作ってデリバーして、次のトレーナーを育てるというところまでをやり切りました。結局半年では済まなくて3年位かかりましたけれど(笑) 戦略コンサルティング領域におけるローカル・トレーニングの構築が、アクセンチュアに入って私が1番貢献したことかもしれません。それらを通じて若手やマネジャーをトレーニングするだけでなく、トレーナーになれる人材を育てること、研修マテリアルや手法というアセットを積み上げることにもつながりました。



人材育成での課題は、研修内容と方法 繰り返さないと何も身に付かない

三谷教授

社会人向け研修を受け持つようになり、基礎スキルの構築が大切と痛感しました

たまたまそれと重なるように、外部での社会人教育の講師をやり始めました。一番最初はリクルートの経営企画にいた友人から社内研修の講師をやってくれと依頼があり引き受けました。それからグロービス。 当時はもちろんグロービスも今の場所ではなくて、会議室を借りて社会人向けの研修をやり始めた頃です。アクセンチュアへ転職した96年にグロービスの講師も始めて、2017年の3月まで20年強やり続けました。やる気のある、でも一般のビジネスパーソン向けに教え始めたわけですが、それはそれでとても面白いと感じました。

基礎がある人に応用を教えるのは簡単

基礎が無い人に基礎を教えるのが、最もチャレンジングであり、かつ私はそれが好きで、得意なのだと気付きました。一般のビジネスパーソンに対して、どうやったら経営的に考えることを伝えられるだろうかと。 シラバス通りでは何にも残らない 1番最初グロービスで科目を持った時に、与えられたシラバス通りにやったら受講生に何にもスキルが残らないということがわかりました。隔週3時間を6回、経営戦略という科目を担当したのですがシラバス通りだとビジョン策定、事業ポートフォリオ、全社改革などといった経営戦略の「パーツ」をずっとやっていくことになります。そして最後は総合問題。でも、当時あった3回目での中間レポートと、6回目の最終レポートで、ほとんど上達が見られませんでした。みんな学んだことをただ書き散らしているだけなのです。 でもそれは彼、彼女らのせいではなく、教える方の問題でした。

1つのことを繰り返さないと絶対に経営戦略を考えるというスキルは身につかない

たとえば野球を学ぶのに、先ずはファースト、次にピッチャー、キャッチャーに外野、そして最後は監督だ!とやってもどれも上手くなる訳がありません。知識はついても、プレーはできないでしょう。講義はたった6回しかないのです。スキルを身につけるのであれば、ひとつのことを繰り返さないと決して身につきません。 私は講義を「スキルとしてちゃんと使えるもの・残るもの」にしたかった。単に色々学んで楽しいね、新しいことをいっぱい知れた、でもレポートも書けない、じゃ何の意味もない。だから2度目のサイクルからはシラバスは無視(笑)。指定のケースは使うけれど教える内容や教え方はすべて自分流のオリジナルに変えました。最初から最後までやることは全部同じ、「監督」しかやりません。「監督(経営者)としてとるべき考え方はこういったもの(重要思考、B3Cなど)」と最初に示して、あとは、「この状況・情報においてあなたはどういう風に何を問題と考え、どう解決するかを考えましょう」と。逆に言えば、そうすればたった3時間×6回でもそういう考え方が身に付きます。3割位の人はちゃんと使えるようになります。3割はダメかもしれないけれど、真ん中の4割もなんとかついてこれます。座学もヒトを変えることができるのです。 これらの経験が、私の教育者としてのベースを作りました。 初心者に「基礎を与える」とはどういうことか

リンカーズ  前田 佳宏

重要だが狭い部分の知識を与えるという意味でしょうか?

三谷教授

狭くはないですね。基本的な考え方ですから。

一般的な研修は、野球を知らない人に対して狭い内容をいくつも教えて、「さあ教えたでしょ」となっています。でも受講生が本当に求めているのは野球の監督(経営者)になることなのだから、野球の各パーツを細かく覚えても意味がありません。名ピッチャーがいれば勝てるようになるかもしれないけれど、監督になりたいなら監督の練習だけをやろう。監督としての考え方はこれだ!と。 細かい知識を積み重ねるのではなく、監督(経営戦略)的に考えるとはこういうことだと”考え方”を伝える。そしてその”考え方を使う練習”をとにかく繰り返します。これは知識でなく基本的な考え方なので、どんな業種でも会社でもテーマでも何にでも使えます。だから広いのです



左:リンカーズ 前田  右:三谷教授

そもそもほとんどの社会人は「論理思考」ができていない

「論理思考」の本は100冊を超え、一般の研修や講義でも多くの受講生を集めます。でもそれを使いこなせているヒトはほとんどいません。なぜなら同じ技を使い続ける練習が足りないからです。講義の中でもいろいろな技を教えすぎです。そして講義を超えてそれらを使い続けることもありません。それではスキルとして身につくわけがありません。 私の講義でまず受講生が理解するのは、いかに自分が「論理思考」すら出来ていないか、です。多くの受講生が入学直後に受けていたはずなのに……。私はすべての発言やレポートに対して、論理的な考え方からいかに外れているか、どうやったら論理的な主張になるのかを指摘し続けます。私が伝えようとしている「考え方」は子どもたちでもすぐ理解し、使いこなすことができます。それは基礎だからです。そして、それらの基礎をしっかりやれば、それだけですべての問題に対処できるのです。 未来を担う子どもたちも、これさえ出来るようになれば将来を不安に思うこともありません。ほとんどのヒトができていないのだから、それが出来るようになればいいのです。どんな業種、職種、会社で働こうが関係ありません。 子どもたち向けの教育活動をちゃんとやりたいと思って始めたのがアクセンチュアを辞めた2006年頃です。もう10年以上になりますね。

アクティブラーニング いかに受講者を能動的に考えるようにするか

私の講義や研修は、必ず「失敗」からスタートします

最初に問題や課題を出して、解説無しで受講生にやってもらいます。もちろんみんな失敗しますが、その後に、こういう「考え方」を使うのだとインストラクションしてから同じような問題をもう1回やるのです。当然少しは良くなります。そのギャップが、学びになるのです。 最初から「こう考える」と言ってしまえば、もう自分では考えません。それで上手くいっても当たり前だし、上手くいかなければ「考え方が悪い」となります。でも、1回失敗しているので、いかに自分がちゃんと考えられなかったか、そこからどう改善したのかが自覚できます。それで初めて、「考え方」の価値が体感できるのです。 自分で考えてアウトプットすることで、経験値はゼロから1に変わります。これが「アクティブラーニング」なのです。ただ座ってボーっと聞くのではなく、自分でちゃんと考えて自分のものになっていきます。 こういった受講者に能動的に考えさせるための工夫は、社会人だけではなく子どもたち相手でこそ役立ちますし、そこでこそ鍛えられます。学校の教員向け研修でも「子どもたちに私はこういう風に教えています」と伝えています。教員のみなさんは本当に忙しくて(企業でもそうですが)、授業に余裕がありません。このコンテンツを伝える時間はこれだけしかないから、その中で無駄にしたり失敗させる余裕はない!と思い込んでいます。 でも私がやる「無駄」や「失敗」は1分だったりします。「30秒、自分で考えてみよう!」「そしたらお隣同士、30秒でシェアして(伝え合って)みて!」といった感じです。 ふつうに教員が何か言って、それに対して「質問は」とか「わかるヒト」と尋ねても、いつもの決まった1人か2人が手を挙げて終わりです。それではほとんどの子どもたちは、もう聞くことすらしなくなります。だって聞かなくても、必ず誰かが答えるのだから、当事者意識がなくなります。 でも、教員からのインプットの後に必ず「30秒考えよう、考えたら隣同士でそれを話してみよう」と言われると分かれば、子どもたちは聞くしかありません(笑) 大人だって一緒です。自分で考えてアウトプットすることで、経験はゼロから1に変わる、のです。それをまず先生たち自身に実感してもらいます。そうすると45分の授業で2、3分割けば、それが2、3回できるでしょう。それだけで子どもたちのちゃんと聴く時間、考える時間の総量は何十倍にもなるのです。



企業で取り組める育成方法、成長する企業の特徴

リンカーズ  前田 佳宏

新卒中心でなくバックグラウンドが違う人が多くいる企業で手始めにできることは何でしょうか?

三谷教授

まず言葉や考え方、議論の仕方を揃えることでしょうね。

もちろん、個々の専門性を伸ばすことはすればよいですが、とにかくちゃんと共通言語を持つこと。考え方や議論の仕方を揃えることですね。議論してなぜ上手くいかないかというと議論の仕方がバラバラだからで、みんな各々の出身企業のやり方や議論の仕方がある。好き勝手に話して最後に偉い人が決定事項を言って終わりの会議や、ちゃんとポートフォリオを準備する会議、会議はセレモニーでやる前に結論を決めておくものが会議だと思っている人もいるでしょう。やり方からバラバラではまとまる訳がない。 だから、話し合い方はこうするのだということを揃えることが必須です。

日産自動車の例

ゴーンさんが日産でしたことで何が面白かったというと、まずはそういうことを揃えようとしたことですよね。専門のファシリテーター(議論の整理役)を何千人か育成して、議論の仕方はこのようにするというのを決めちゃった。考え方や話し合い方、決め方を揃えようとした。

トヨタ自動車の例

元々トヨタがなぜ強いかというと、それは資料の作り方みたいなことが統一されていたから。 その枠に従って考えるという考え方や、説明の仕方が一定だとすごく意思疎通や意思決定が素早くなる。

コンサルティング会社の例

私が振り返ってコンサルティング会社がなぜ強いのかと考えると、そういうことの研修やOJTをちゃんとやるから。考え方とか、話し合い方などのトレーニングをやるし、それが仕事の中でも徹底的に叩き込まれる。本当に意味あることは何なんだろうか、それをちゃんと議論しようと。 コンサルティング会社に天才はいないと言われます(たまにいますが 笑)。なのになぜ難しい仕事がこなせるのかというと、とにかく議論の効率が良くて無駄が少ないから。「何が重要なのか」ということに皆がちゃんと集中して議論をするので普通の会社での議論より、私の体感値で言えば10倍位速い(笑)。そのため何度も繰り返すうちに「量的変化が質的変化に転化」して、よいアウトプットが出るという仕掛けです。考えはバラバラでも良いけれど、考え方はある程度揃えておかないとダメなのです。 アクセンチュアの戦略グループは私が入った時は30人くらいでしたが、それが今や300人くらいになり、BCGやマッキンゼーと肩を並べる戦略チームになっています。それがまがりなりにも1つの形を保ってきたのは、私が入ったころの30数人が同じような場所にいて、様々なプロジェクトで一緒に働き、私がつくったトレーニングを受けたりしながらその言葉や考え方がある程度揃っていたことが大きいのかもしれません。30数人の半分は既に会社を出て半分は残った感じですが、その残った半分の人たちが組織拡大のなかで各部署のトップを担い続けたから、その下にもその考え方がつながっていったのでしょう。

三谷宏治教授からの学び



  1. 人材育成で教えるべきことは基礎となる「論理思考」と「発想力」


  2. 1つの技(スキル)を何度も繰り返すことで身に付く


  3. 企業内でまずできることは「考え方」や「議論の仕方」を統一すること。統一することで会議の効率が上がる。効率が上がれば同じ時間でできる回数が増える。回数を重ねることで質が上がる

「考え方」や「議論の仕方」など言葉や定義の統一化は、オープンイノベーションでの他社連携の際にも認識しておくと良いと思いました。 次回は「フレームワークの重要性と「考え方を揃える」ということ 三谷宏治教授インタビュー2」(https://www.linkers-net.co.jp/?post_type=openwithlinkers&p=690&preview=true) として、実際にリンカーズではどのような考え方を実践しているか、それに対して三谷教授からの具体的なアドバイスやご指摘をご紹介します。