- 配信日:2023.09.07
- 更新日:2024.09.24
オープンイノベーション Open with Linkers
生物模倣技術の最新事例14選~SDGs実現・モノづくり~
この記事は、リンカーズ株式会社が主催した Web セミナー『最新技術事例セミナー~再燃する生物模倣技術~』を書き起こしたものです。
弊社では、SDGs 実現や持続可能なモノづくりに変革をもたらすような、「地球の自然界のエコシステムを模倣した技術(生物模倣技術)」の先端技術とトレンドを調査し、その結果をまとめた「生物模倣技術が拓くSDGs実現とモノづくり-マルチクライアント調査レポート」を作成しています。
このレポートの中から、「SDGs」「モノづくり」という2つの分野を軸に、弊社注目の生物模倣技術を一部抜粋して紹介します。
セミナーで使用した講演資料を記事の最後の方で無料ダウンロードいただけますので、最新の生物模倣技術に興味がある方は、ぜひ本文と合わせてご覧ください。
◆目次
● 再燃する生物模倣技術
● SDGs × 各産業
・蜂の巣の微細構造を模倣した油水分離膜技術
・ミツバチの同期動作を模倣した「空調制御システム効率化データドリブン技術」
・コウイカのヒレを模倣したタービン
・クモの巣の網目構造を模倣した「リチウムイオン電池アノード」
・マングローブの葉を模倣した「防錆コーティング剤」
・シャペロンタンパク質が酵素を保護する仕組みを模倣した「自己分解プラスチック技術」
・自然界の光合成を模倣した合成生物学による「 CO2 回収利活用プラットフォーム」
● モノづくり × 各産業
・ヘビの動きを模倣した自走式柔軟ロボット「 Soryu-C 」
・シャコの捕脚構造を模倣した耐衝撃特性を大幅に向上させる炭素繊維強化プラスチックの「素材積層技術」
・節足動物の防水戦略と蝶の色彩を模倣した 100 % 再生可能かつ有害フッ素化合物を含まない「防水透湿生地」
・ハリセンボンの表皮構造を模倣した「超撥水材料」
・植物由来のクロロフィルを模倣した「化学反応用クリーン触媒」
・海綿動物の骨格構造を模倣した「鉛フリー圧電複合エネルギーハーベスタ」
・ムール貝の岩への接着機構を模倣した「止血用接着剤」
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再燃する生物模倣技術
生物模倣技術を年表化すると、 1935 年ごろに絹糸を真似た繊維として「ナイロン」の合成に成功しています。 1950 年代に「 Biomimetics 」が提唱され、 1952 年に野生ゴボウの実をヒントにした両面ファスナーが開発されました。
日本に目を向けると、 1997 年にカワセミのくちばしを模倣し空気抵抗を少なくしたカワセミ型の新幹線が運行し始めました。
さらに 2007 年には、Biomimetics を持続可能性の戦略上の重要技術としてドイツが注目するようになりました。その5年後に国際標準化委員会が立ち上がり、ここで Biomimetics は持続可能性の戦略上の重要技術に制定されています。また、ドイツを中心に Biomimetics の国際規格化も進められてきました。
特にモノづくりの分野で Biomimetics の動きが顕著に表れています。 Google Trends で「 Biomimetics 」と検索すると 2013 年ごろをピークに検索回数が下がり、 2015 年ごろに少し上昇していることが分かります。
一方「 SDGs 」の検索回数を見ると、国連サミットで SDGs が採択された後、どんどん検索回数が増えています。
この2つの検索回数の推移を照らし合わせてみると、 SDGs の検索回数が大きく増加したのと同時期に Biomimetics の検索回数も上昇していることが分かります。この点から、世の中では生物模倣技術のニーズが再燃しているといえるでしょう。
今後、第5次産業に対してバイオテクノロジーが何かしら関わり、新たな発想を得る手段として「生き物を模倣する」ということが注目されていくと思われます。
このような動向を踏まえて、「自然界、生物の仕組みや機能を理解し、それを製品やシステムに応用する」ことで、「より持続可能で効率的な社会の実現に向けた進歩」が期待される製品や技術に、私たちは注目しています。
SDGs × 各産業
生物模倣技術を用いた SDGs の観点で、いくつか事例を紹介します。
生物模倣技術と SDGs は相性が良く、本来生物には、自然界にあるもので何かを生産したり、できるだけエネルギー効率の良いエサを探したりする本能(=機能)が備わっています。進化の過程で効率の良い生命活動を見つけ出した生物が現代まで生き残っているとも言えます。
生物の特徴を技術として応用する場合は、エネルギー効率の良い、または消費するエネルギーが少量かつ効率良く何かを生産するというような逆引きの形で利用されるケースが一般的です。
事例1:蜂の巣の微細構造を模倣した油水分離膜技術
東北大学から蜂の巣の微細構造を模倣した油水分離膜技術が発表されました。
蜂の巣の構造は、ハニカム構造と呼ばれています。古くは強度の高い段ボールを製造する際にハニカム構造を再現することで、縦方向の強度が増すという技術が使用されていました。
東北大学の研究グループは、このハニカム構造を用いて油水分離膜技術を開発しています。製造工程で水滴を鋳型にすることで 、メッシュ状のハニカム構造 膜を作成することができます。この膜に対してさまざまな処理を行うことで、メッシュのそれぞれの部位に浸水性・疎水性を付加します。すると、この膜を介して水と油を分離することが可能になります 。
膜の厚みは髪の毛の 10 分の1程度にも関わらず、直径2 cm の膜を使って数十ミリリットルの水と油を分離できます。分離後も膜の損傷はありませんでした。
この研究グループは SDGs の観点に基づき、船舶事故で重油が流出したことで発生する海洋汚染の問題を解決するための開発を進める中で、蜂の巣のハニカム構造に着目しました。
事例2:ミツバチの同期動作を模倣した「空調制御システム効率化データドリブン技術」
ハチは集団行動を行う社会性のある昆虫です。例えばミツバチの巣をスズメバチなどの外敵が襲撃した際、ミツバチはそれぞれが同調して羽の羽ばたきを起こしたり、波打つような動きをとったりします。これにより、外敵を視覚的に惑わすことができます。さらに、外敵が巣に入ってきた際はミツバチが一斉に外敵に群がり羽ばたき始めます。すると内部の外敵が高温にさらされ、外敵駆除を可能にします。
ミツバチの単純な本能に基づく、個々が同調した動きを利用して空調制御システムを開発したのが、 Encycle Technologies,Inc. という企業です。
この企業では、例えばビルに人の出入りがどれくらいのあるのか、外気と内部環境の違いがどれくらいあるのかなどを特徴量として機械学習を適用することで、最適な空調システムを再現するためのルーフトップユニットを制御し、エネルギー効率が非常に高く、ビル内部のオフィス環境あるいは室温状況を快適に保つという技術を開発しました。
この技術はすでに商品化されており、 CO2 を 20% 削減可能とのことです。同技術により、 2023 年6月までの北米での削減量はエネルギーコストで 1,626 万ドル、 CO2 は9万トン削減しました。
事例3:コウイカのヒレを模倣したタービン
アメリカの Undula Tech LLC という企業では、コウイカのヒレを模倣した技術を開発しました。イカはヒレを波打たせて移動します。少ない動きで効率的に移動するという観点でコウイカのヒレの動きに着目し、ヒレの動きを模倣することで効率よくエネルギーを作り出すという考えから開発が進められています。
動きによってエネルギーを生み出す技術として風力発電が有名です。風力発電と聞いて多くの方が巨大な風車のような施設をイメージするでしょう。ここで紹介する技術は風力発電のような大規模なものではなく、個人向けのエネルギー生産技術です。設備の高さは成人男性の平均身長ほどで、旗のような部分が風を受けるとコウイカのヒレのようになびいて風の力を利用し、クランクを介して回転運動によってエネルギーを発生させます。
元々コウイカは水中で生活する生物のため、この設備を水中に置くことでもエネルギーを生産することができます。
事例4:クモの巣の網目構造を模倣した「リチウムイオン電池アノード」
エネルギーというのは3つの観点で SDGs に関係してくると言えます。
1つ目はエネルギーをどう効率良く作るか。2つ目はエネルギーの消費をどう抑えるか。3つ目は蓄えたクリーンエネルギーをどう使うか。
1つ目と2つ目はこれまで紹介した技術にて実現が可能です。3つ目を実現する技術として、韓国の Sungkyunkwan 大学がクモの巣の網目構造を、カーボンナノチューブを用いて再現する研究をしています。カーボンナノチューブの網目をリチウムイオン電池のアノードとして利用する技術です。網目構造を利用することで高速の電荷輸送を可能にする利点があることだけでなく、電流密度に加えて容量を維持し、新たなアノードの材料として生物模倣技術を用いることで長寿命かつ環境にやさしく、費用対効果の高い高性能の電極として利用できるのではないかと発表しています。
事例5:マングローブの葉を模倣した「防錆コーティング剤」
Chinese Academy of Sciences という研究機関では、植物であるマングローブの葉を模倣した技術を開発しています。
マングローブは海岸や河口などに根を下ろす植物です。通常、植物は塩に弱いため、台風や津波などの影響で海水に晒されると塩害を受けて枯れてしまいます。しかし、マングローブは海岸線に自生しています。その背景にはマングローブの巧みな塩分を排泄する機能があります。マングローブの葉の裏側には塩線と呼ばれる塩分を排泄する気孔が存在しており、ここからナトリウムや塩化物イオン、水などを塩線から排泄して、植物内の浸透圧、塩害を防いでいるのです。
Chinese Academy of Sciences は、マングローブの塩線の機能を模倣して、防錆コーティング剤を開発しました。このコーティング剤を用いて船舶や沿岸に位置する構造物などをコーティングすることで、錆を防ぐことができると考え、研究開発を進めています。実際にエポキシワニスと比較して、腐食電流密度が3桁以上減少することが報告されています。