• 配信日:2020.07.14
  • 更新日:2023.09.01

オープンイノベーション Open with Linkers

ものづくりの老舗企業による変革への挑戦
株式会社イノウエ

※本記事は、Innovation by Linkersに過去掲載した記事の再掲載記事となります。

イノベーションを巡るグローバルな競争が激化するなか、従来の自前主義(クローズドイノベーション)に代わり、組織外の知識や技術を積極的に取り込む「オープンイノベーション」が必要とされています。

今回は、株式会社イノウエの3代目社長として新たな息吹を吹き込む井上 毅様にお話を伺いました。

創業から90年、国内有数の組み紐メーカーであり女性の髪を束ねるヘアゴムでは国内市場の約60パーセントを握る最大手の強さの秘密と、時代の変化に適応したこれからの働き方変革へ挑戦する理由に迫ります。

時代性や市場性を踏まえて、ものづくりの未来を考える

株式会社イノウエ 代表取締役社長 井上毅 様
株式会社イノウエ 代表取締役社長 井上毅 様

■時代とともに大きく変わってきた、商品提案の姿勢

リンカーズ 長友

創業当時と現在の事業についてお聞かせください。

イノウエ 井上社長

1928年に創業し私で3代目となります。
創業当時は組紐業を中心に事業を展開していました。
現在はヘアゴムの製造が主な事業です。

株式会社イノウエの最高のヘアゴムを海外ユーザーにも使っていただきたい』その想いから、近年国内だけでなく、海外の市場開拓にも積極的に取り組んでいます。

アジアやアメリカにおいて新たなマーケットの獲得に向けてチャレンジする日々です。

株式会社イノウエがある津久井地域相模原市緑区には東京で技術を学び製紐業を営む人がもともと多く、創業者である祖父もその中のひとりでした。

当時は東京・浅草の問屋向けに商品の値札に付ける組み紐や掛け軸の紐、本のしおり紐といった装飾用の紐などを手がけていました。

製紐業からヘアゴム作りにシフトし始めたのは2代目社長からです。

同業他社との交流が深まるにつれ、
よその工場は誰に聞いても問屋の注文通りに、似たり寄ったりの製品を作っている。同業者と同じことをやっていては生きていけない時代がやってくる。このままでは将来的には先細りだ。
と思い、自ら組紐技術を応用した紐状のヘアゴムを作り上げ、下請けからメーカーへ会社を大きく発展させました。

なぜヘアゴムだったのかというと、高度経済成長期を経て、女性がスカートを履きだすなどオシャレが大衆化していき、そこにビジネスチャンスを感じたそうです。

創業者の祖父には『売れないからやめちまえ!』などとかなり反対されたらしいのですが、今では月産300万個を超える大ヒット商品となりイノウエの屋台骨を支えています。

■技術をベースに、自社ならではの強みをつくる

リンカーズ 長友

ヘアゴムの開発は順調に進んだのですか?

イノウエ 井上社長

最初の4年くらいは全く売れなかったそうです。
今の様にコンビニやインターネットがあるわけではなかったので、認知されるまでが難しかったみたいですね。

紐状のヘアゴムが売れ出した後、リング状の製品開発に取り組んだのが1983年ごろ。

リング状のヘアゴムの両端を接着剤でつけるのは技術的にとても難しいことです。接着する時は、だいたい同じ物質同士を接着するのが当たり前です。

たとえば、紙と紙、金属と金属。でも中身になるゴムとその周りを包むナイロン糸という異素材を接着しようとするとなかなか上手く付かない。製品化の目処が立つまで4年ほどかかりました。

接着に関しては、接着面の改良を始め日々改良を重ね、接着技術において特許を取得しています。

つなぎ目がわからないほどの小さい面積での接着技術は、当社株式会社イノウエが開発し、特許を取得したものです。また、近年標準的に使われている『ヘップリング』という名称は弊社で登録商標しています。

生産の最終工程で頼りになるのは、400人ほどいる内職の方たちです。手作業で一本一本、ゴムリングの接着加工や袋詰め作業などをしていただき、納品してもらっています。

内職なので金額は安いですが、アルバイトと違って、労働時間と自分の時間を自由に決めることができる点が魅力だと思います。イノウエのヘアゴムの品質を支えているのは彼女たちと言っても過言ではありません。

■厳しい業界にあって生き残る秘訣とは?

ヘアゴム
ヘアゴム

リンカーズ 長友

ヘアゴムを主力に順調に売上げを伸ばしているように思います。何か御社ならではの強みがあるのでしょうか?

イノウエ 井上社長

常に社会の動きやお客さまの声に耳を傾け、新しい商品の開発や改良に取り組んできました。

現在は、ヘアゴムのトップメーカーとして国内シェアの6割を占め、コンビニや百円ショップ、ホームセンター、ドラッグストアなどいろいろなところに流通しています。

業界全体が成熟し、クオリティと価格のバランスが重要視される中で競争が激化していることは間違いありません。顧客の要求のハードルも上がっています。

輸入品も含めてヘアゴムには色々な種類がありますが、うちのヘアゴムは切れたり緩んだりしないんです。

創業以来の組み紐の技術と高い接着技術を武器によそと差別化を図ってきた。高い品質と豊富なバリエーションで満足いただいていると自負しています。

最近では、OEMの要望や、アクセサリー部品をつけたヘアゴムへの加工が増えています。サッカー選手も使用しているのヘッドバンドは最近の人気商品です。

いいモノを作れば必ずしも売れる時代ではないので、お客様のニーズをつかんだ商品を作っていくことが重要です。品質の高さはもちろん、新しい切り口や環境に優しいものなど、その時代にあったものづくりを心がけています。

■働き方に対する意識とライフバランスを叶える考え方

リンカーズ 長友

社員の心をいかに一つの方向に向けるかが業績にも大きく関係しそうですね。

イノウエ 井上社長

私は、いい意味で『ラクして稼ごう』って社員によく言ってます。(笑)

組み紐の機械
組み紐の機械

たとえば、組み紐の機械は一度動かしたら基本的には回しっぱなしです。あとは勝手にやってくれるから、最初に機械を動かしてから他の仕事をすれば効率がいい。

忙しいと俯瞰して見られずに目の前のことだけに必死になってしまいがちですが、効率良く仕事をする手段はあるはずなので、同じ仕事時間をかけるなら、対外的な段取りを終えて自分の仕事に取り組むべきです。

うちでは『残業したら賞与を減らす』とよく言ってます。それは残業は『賞与の前借り』だと考えているからです。

従業員のスキルをあげれば、労働時間の削減と生産性の向上は両立すると思います。
そういった意味で社員には『ラクして稼ごう』と伝えています。

本当は効率良く働きましょうって言いたいけど、そうすると経営者目線になって急に押し付けがましくなってしまいますので。

リンカーズ 長友

その考え方はどうやって浸透していったのですか?

工場でトラブルが起こったときを例にします。その原因を担当社員に尋ねると答えをすでに突き止めていることが多いんです。

分かっているなら根本的な原因から取り除けばいい。初期費用はかかるけど、そのコストは回収できますし、トラブルが起きて生産がストップしてしまうことを考えたら、比べるまでもありません。
効率良く働けば、そのぶん休める時間は確実に増えるはずです。

夜遅くまで頑張っていることが評価になると、仕事のできる人もできない人も全員同じ給料になってしまいます。

私の方が短時間で効果を上げているのにって思う人も絶対いますよね。だから残業せずに勤務時間内に頑張ってその分賞与をもらって欲しいと思っています。

■積極的な育成採用と人材活用

リンカーズ 長友

人材に対する基本的な考え方を教えてください。

イノウエ 井上社長

20年、30年先を見据えて若手社員の採用を積極的におこなっています。

採用環境が厳しくなっている昨今において、いかに自社の求める人材を獲得していくかという戦略を考えることがますます求められています。弊社では新卒採用に力を入れ、育成にもコストをかけ始めています。

新卒採用であってもアルバイト採用であっても、希望者には工場見学を絶対にしてもらいます。工場見学後に採用面接を受けたいかどうかを尋ねて、受けたいと言ってくれた人に適性検査へ進んでもらいます。

機械油がついているから手や衣服が汚れることもありますし、出荷で重いものを運ぶといった力仕事も少なからずありますから。就業希望者が持っているイメージと実際の仕事とのミスマッチを防ぐために、最初に一通り見てもらいます。

リンカーズ 長友

社内の組織はどのように構成されているのでしょう?

イノウエ 井上社長

営業部、製造部、加工部、総務部、品質保証部、それと企画部の6部署です。企画部は1年前にできたばかりの新しい部署で、今後の展開に期待しています。

ヘアゴム カラー
ヘアゴム カラー

若手社員に展示会を全て任せてみたことがありますが、発想が豊かでとても面白かったですよ。

ベテラン社員が展示会を仕切ると弊社の商品を全て並べるんですが、若手社員だと自分たちの並べたい製品だけをお店のように飾ります。そうすると自社ブースに来る客層がガラッと変わります。

ものづくりの工場と思わずに、『弊社の強みはこれです!』と打ち出すだけで、可愛いものを作るメーカーとしての取引を期待されるお客様がいらっしゃいました。

厳しいことを言うと、若手社員は自分たちで市場を開拓していかなければならないと思っています。

現状、弊社が展開しているのは安い価格帯の商品なので、材料代(原価)が上がってもそれを値段転嫁できないんです。

ならば、将来のためにどういうお客様を獲得すべきかをターゲッティングして、それにあったアプローチをして欲しいと考えています。そのためには一年目であっても仕事は積極的に任せます。

チャレンジしていくとき、上の人間は我慢することも大切です。失敗しないで成長する人はいませんから。仮に失敗してもそこから何かを学んでもらえれば、若いうちは問題ありません。

そういった人間を育てられるようになれば、そこは最高の会社です。ダメだから切ろうというのではなく、ダメな人間を育ててこそ、将来の投資になります。暖かい目で社員一同、支えますよ。(笑)

■ヘアゴムに続く商品の柱とは?新規事業を創出するには?

リンカーズ 長友

今後の事業展開はどのようにお考えですか?

イノウエ 井上社長

商品単体だけでなく売場全体の提案を含めた『ことづくり』と自社製品の充実を目指しています。

未来を見据えたときに大切なのは、自社だけでいいものを作る技術だけではなくて、どういう技術を使って、何を作るかといった企画力だと考えています。

組紐業界がどんどん規模縮小していく環境の中で、自分のインフラにこだわりすぎると、そこからしか商品の発想が生まれません。

だから自社の枠にとらわれずに自由な発想を生み出し形にしていくことが大事になってくる。iPhoneがいい例です。自社で作っている部品は何一つないですから。

弊社も以前まではヘアゴムという商品単体だけしか納品していませんでした。それを納入先からの要望で、ヘアピンやヘアブラシなど関連商品を自社で仕入れて提供するように変えました。

そうしたことで売場全体のレイアウトや売り方の提案もできるようになり、全体的な売り上げを伸ばすことにつながりました。

また、ヘアバンドやシューレース、静電気除去リングといったオリジナル製品の提案を重視しています。

新規事業を企画するうえで、若手社員には徹底的にアイデアを出して欲しいですね。そのために、多品種小ロットから対応できる体制を整えています。

■誰のため?何のためのイノベーションなのか?

左 株式会社イノウエ 代表取締役社長 井上毅 様 右 総務部 課長 井上博信 様
左 株式会社イノウエ 代表取締役社長 井上毅 様 右 総務部 課長 井上博信 様

リンカーズ 長友

最も重視しているポイントは何でしょうか?

イノウエ 井上社長

社員の満足度です。そのために働く環境を整えたい。

企業の財産は間違いなく人であり、可能性のある人材を大切に育てていく必要があります。そのために株式会社イノウエでは、採用や人材育成だけでなく働いている従業員の満足度向上にも力をいれています。

日本の高齢化と少子化が急激に進む中、先人の知恵や技術が求められることもあるだろうと、65歳以降での再雇用制度を採用したのもその一例です。

企業で働く従業員の満足度が上がればモチベーション向上につながり、企業の業績や企業価値が必然的に高まります。

ラクして稼ごう』も含めて、ビジョンがしっかり浸透した社員が増えてきたのは喜ばしいことです。会社は常に進化しなくてはなりません。

将来的には年商50億を目指しています。会社の経営についても、若手社員の中から社長候補が出て来たら分社化して任せてもいいと思っています。

それは社員のモチベーションにもなると思いますし、もはや、親族による社長職の継承が必ずしもいいものを生み出す時代ではありません。

実現するには新しい発想をもって、商品開発やブランドの確立をしていかなければならないと考えています。

株式会社イノウエ

所在地:〒252-0155 神奈川県相模原市緑区鳥屋750番地
創業:昭和3年5月
電話:042-785-0136(代表)
資本金:4,680万円
正社員数:46人
URL:http://www.inoue-braid.co.jp


あとがき

会社に息づくリーダーのビジョンと信念
ものづくりに対する技術はもちろん、技術にとどまらない人の温かみや新しい事業に対する考え方などから、社員全員が自分の仕事に対して誇りを持ち、それが商品に反映されるからこそ、お客様の満足度も高くなるというサイクルができているとお見受けしました。

また、地域の内職さんたちによる検品や梱包などの分業化も効率化及び雇用創出の一助となり、地域経済の担い手になっています。

また、地域イベントに製紐機を出すこともあり、その日訪れた子供たちが楽しそうに機械を回していくのだとか。

地域貢献も高く、地場に根付いた産業ながら、先を見据えて海外へと発信しようとする経営姿勢は素晴らしく感じました。