• 配信日:2023.01.11
  • 更新日:2023.11.01

オープンイノベーション Open with Linkers

イノベーション事例~東京ガスの取り組みを徹底解説

この記事は、リンカーズ株式会社が主催した Web セミナー「東京ガスの試行錯誤のケーススタディ 〜 オープンイノベーション徹底解剖 〜 」のお話を編集したものです。
東京ガス株式会社リビング戦略部くらしサービス事業推進グループの望月 紳(もちづき しん)さまに、「東京ガスの新規サービス開発事例」というテーマでお話しいただきました。
新規事業の立ち上げに興味のある方・携わっている方は、ぜひご覧ください。

東京ガスの事業内容と経営ビジョン


イノベーション事例~東京ガスの取り組みを徹底解説

東京ガス株式会社は 1885 年に渋沢栄一が創業しました。いわゆる老舗企業ですが、古くて固い会社かというと、そうではありません。さまざまな取り組みにチャレンジしています。
東京ガスと聞いたときに多くの方が「首都圏を中心としたガスの会社」だとイメージするのではないかと思いますが、2016 年以降、電力の提供にも注力した結果、いまや一角の電力会社と言える規模になっております。加えて、エネルギー領域での新しいチャレンジとして、イギリスの会社と合弁会社を作り、ほぼ日本全国といえるエリアでの電力販売も開始しています。
さらに、東京ガスはガスや電力を提供する総合エネルギー会社という顔だけでなく、ガス機器修理や住宅設備機器の販売、リフォームなどを手がけてきたという側面もあります。そのため「家に関するお困りごと全般での価値提供ができる地域密着のインフラ企業」と言うことができます。

イノベーション事例~東京ガスの取り組みを徹底解説

また東京ガスでは 2030 年に向けて目指すグループ経営ビジョンの中で「デジタルシフト」を掲げると共に、お客さまのお宅に訪問することで価値提供を行う接点を「ラストワンマイル(お客さまのお宅までに至る最後のあと1歩という意味)」と定義し、その強化を目指すことも発信しています。
今後、東京ガスが解決すべき社会の問題が何であるかを考え辿り着いたのは、育児や介護など「家族のこと」と、仕事などを両立することに負担を感じる方の増加でした。都市部に限らず育児・介護と仕事を両立している方の比率は、働く人々の半数近くになっています。この状況を踏まえると、今後、日本で暮らす人の一人ひとりにかかる負担はさらに大きくなっていくのではないでしょうか。

イノベーション事例~東京ガスの取り組みを徹底解説

そこでこれまで東京ガスが行ってきたエネルギー・住宅設備の領域に加え、「見守り」「家事支援」の領域における課題解決に向かって、取り組みを進めています。
この領域における事業のコンセプトとして「任せられることは人に任せて、作った時間で仕事や家族のことを大事にしたい」というものを掲げています。

空き家管理サービス『実家のお守り』の新規事業開発事例


次に東京ガスで私が立上げから取り組んでいる2つの新規サービスを紹介します。まずは空き家管理サービス『実家のお守り』です。
首都圏にある東京ガスが空き家を扱うサービスを立ち上げることに違和感を覚えた方もいるかもしれません。それは、空き家に関する2つの「誤解」によるものです。
1つは「空き家は地方の問題である」というイメージがあることです。総務省・国交省が出しているデータを見ると、このイメージは正しいとはいえず、東京・神奈川・埼玉・千葉の1都3県のみで日本にある空き家全体の4分の1を占めています。
もう1つは「空き家 = ボロボロの家」というイメージがあることです。空き家は必ずしもボロボロというわけではなく、例えば両親が介護施設に入るため、それまで住んでいた家が空き家になり、人が住めるような状態のままというケースが多く見られます。
このケースだと、近隣住民の迷惑にならないように、また両親が家に帰りたいと感じたときにすぐ戻って来られるように、子どもや親族が空き家を定期訪問して、管理しているという実態があります。

イノベーション事例~東京ガスの取り組みを徹底解説

このような首都圏における空き家の状況や、空き家に関わる方のニーズに対応するために、2022 年3月に空き家管理サービス『実家のお守り』を立ち上げました。
本日は、この立ち上げに至るまでの試行錯誤をご紹介したいと思います。

『実家のお守り』初期構想段階の変化

『実家のお守り』の初期コンセプトができたのが 2018 年の秋でしたが、当時は全く異なるサービスを起案していました。これは私の個人的な想いからスタートしております。というのも、私自身が不器用な人間で、子育てをしつつ親のことも心配しながら仕事に全力投球できるような器用さが無いため、親が自発的に終活を始めてもらうためのサービスを起案したものです。・・・ですが、なぜ東京ガスでやるのか、という点が説明できず白紙になりました。
次に「東京ガスとはどのような会社で、どんな価値提供をするのか」に立ち返って考えてみたところ、社内でも「住まい」と「人」がドメインなのではないかという議論がなされていました。それを踏まえ、親から引き継がれるものの中で「住まい」に関するものは何かを考えた結果、急速に顕在化する社会課題として「空き家」というワードに行き着いたのです。
初期段階では、空き家の売却や活用方法が分からない方に向けたコンサルティングサービスを展開しようとしていました。外部パートナーとテストマーケティングを行い、一定の需要が見えてきましたが、専門的な知識を要するであろうことから、東京ガスにコンサルティングを行う力があるのかを問われ、プロジェクトは一旦ペンディングとなりました。

『実家のお守り』開発までの試行錯誤

その後しばらく悩む期間が続きましたが、悩んだときは、実験によるファクトを作りから仮説を立てることが最短だと考えています。そのため、空き家を持っている方へのインタビューを続け、他に困りごとはないか探しました。その中で行き着いたのが「空き家の管理に関するお困りごと」です。
特に介護施設に入った親御さんがいる方が困ることとして、以下の点がありました。

  • ・実家の手入れをするために往復2時間長をかけて定期的に訪問しなければならない
  • ・草木が伸びてしまい近隣に迷惑をかけていないか心配
  • ・長い間不在にしていたら家の空気が悪くなってしまう

段々と顧客解像度が上がってきたため、次の段階として本当にサービスが求められているか実証するべく社員を対象にテストマーケティングを行いました。結果、一定の社員がサービスを利用したいと言ってくれまして、最初のお客さまになってくれました。
初めは期間限定での無償提供でしたが、その期間終了後も「有償で続けてほしい」という意見があり、暫定的にサービスを継続する体制を整えることになりました。
そして次の段階として、限定的な市場導入を行いました。トライアルとはいえ、市場での実オペレーションに入ることでこれまでのフェーズに比べ非常に情報量が多くなり、家を長期間空けることへの解像度が更に上がっていくと共に、サービス品質や事業戦略上の鍵も見えてきました。特に、スタッフのスキルは非常に重要なピースとなります。
そしてそのピースを埋める鍵は、『実家のお守り』と同時に進めていた、後述するハウスクリーニングのメンバーにありました。このチームは住宅周りにも詳しく「サービスの安心の品質」を担保するのに適任だと判断しました。

イノベーション事例~東京ガスの取り組みを徹底解説

これらを踏まえてサービス設計を詰め、正式に『実家のお守り』がスタートしたという背景があります。