- 配信日:2023.02.24
- 更新日:2024.07.22
オープンイノベーション Open with Linkers
イノベーション&マーケティングによる新規事業創出〜旭化成の事例〜
新規事業の事例1:青果輸送・保管システム『Fresh Logi』
ここで紹介してきた新事業創出のための新たなシステムを運用する前から、弊社ではさまざまな部署で新規事業の種となるアイデアは数多く生まれていました。その種をこの新しいシステムに乗せて事業化へと加速できた事例として、まずは食農プロジェクトを紹介します。
弊社の食農プロジェクトが目指している姿は、スマートフードチェーンの構築です。弊社が所持している既存技術の活用と、オープンイノベーションを含めた国の研究機関との組み合わせによってできた仕組みを構築しようと考えています。
ここで紹介するのは、食農プロジェクトの最初の事業として推進中の、青果輸送・保管システム『 Fresh Logi 』です。
『 Fresh Logi 』は常温環境下での青果物の保管を可能にすることで、冷蔵車に依存した輸送から常温車へ、さらには鉄道や貨物船など環境負荷の低い輸送手段へのモーダルシフトを加速させることができます。
『 Fresh Logi 』開発のきっかけは、農産品物流の課題解決を目指したことでした。この新規事業創出活動に取り組んできた3年間のうち2年間がコロナ禍の中であり、世の中がこれまでにないスピードで大きく変化していきました。新規事業創出という観点では、多くの制約もあった一方で大きなチャンスも生まれていました。
この状況下で顕在化してきたひとつの課題は、青果の輸送、特にトラック輸送に依存している国内での輸送が困難になってきていることでした。またトラック輸送は GHG (温室効果ガス)の排出量が多いため、環境問題としても捉える必要がありました。
青果物には保存に適した温度があります。鮮度をしっかり保つために温度をコントロールすることが大切ですが、その場合、輸送手段として冷蔵車などを使う必要性が生まれます。弊社としては、常温環境下で鮮度を保持しながら輸送する方法の実現が課題の解決策であると考えて、トライ & エラーをしてきました。
『 Fresh Logi 』は、弊社の持つ高断熱性素材をベースとした「密閉ボックス」を事業のコアにしています。この「密閉ボックス」と、ボックス内の情報をセンサーで読み取るシステムをベースにし、どのような条件で輸送したら鮮度が保てるかというデータを収集したうえで、最適な輸送方法を提供するというのが『 Fresh Logi 』のシステムです。
例えば従来の輸送方法では、青果物が農家から青果拠点に運ばれた後、予冷をしてから冷蔵車でその温度を保ちながら運ぶのが一般的でした。冷蔵車を使うことにはコスト面での問題や環境面での問題があり負荷が大きかったため、弊社では予冷した青果物を密閉ボックスに入れ、常温の環境で輸送するシステムを構築しました。これが『 Fresh Logi 』です。
『 Fresh Logi 』を利用し、どんな環境で輸送されたのかというデータを市場や各店舗に提供するとともに、そのデータに基づいた鮮度保持の情報も提供するということを行っています。
『 Fresh Logi 』で取得したデータと実際に到着した青果の品質を比べて、どういった条件下で運ぶと鮮度が保てるかといった情報を蓄積しながら、農研機構と共同で品質の管理シミュレーションも行ってきました。鮮度を定量評価できる仕組みを作ることにより、輸送品質の改善や管理の最適化が実現でき、フードロスの削減につながると想定しています。
そもそも、青果流通の業界そのものが変化していくと予想されています。その理由の1つが、スーパーマーケットで青果を買うことが当たり前だった時代から変化しているためです。
例えば、巨大在庫センターで青果を最適管理して、オンラインでの注文に対してユーザーに届けるなど、サービスの個別化、消費者のサービス選択数が増えていくことにより、鮮度・品質の信頼度に対する価値が上がってきます。
今までは消費者が直接青果を見て買ってきたのが、物を見ないで買うことになるでしょう。すなわち鮮度・品質に対する出荷元の責任が大きくなるということです。さらに小口化に伴う輸送手段の多様化などが、青果の流通・消費行動の変化につながると考えています。
新規事業の事例2:偽造防止デジタルプラットフォーム『Akliteria』
PED とは Printed Electronics Device の略称です。弊社では PED プロジェクトとして偽造品防止デジタルプラットフォーム『 Akliteia 』を構築し事業化を目指しています。
このプロジェクトは弊社の PED 技術だけでは実現できず、 『 TIS株式会社 』と協業でこのプラットフォームを構築しました。
偽造品の被害総額は、世界で年間約 50 兆円に及ぶとされています。弊社でメーカーに取材したところ、偽造品の対策をしてもイタチごっこになっている状況が見えてきました。
そこで弊社は本物だけを消費者に提供する方法を創り出したいと考え、偽造品防止ソリューションのサービスサプライを構築することにしました。画像はサプライ全体の構造であり、これらを協業で構築したことで『Akliteia™』サービスの提供が可能となりました。
具体的な取り組みは、偽造防止ラベルの生成です。透明の樹脂の上に弊社の PED 技術で偽造防止用のパターンを印刷しています。世界で唯一、プリント可能で最も高精細なパターンを作り上げる技術を使い、画像のように格子状のパターンを作り上げ、光学的な手法で偽造防止のパターンに変えています。
このパターンを真贋(しんがん)判定するデバイスで読み取ることで、本物であると証明可能です。
この方法を使ってメーカーが出荷時に製品情報を登録し、製品にラベルを貼って流通します。流通した後に必要な段階で真贋判定をすることで、本物であることの証明をブロックチェーンのデータに乗せて、消費者に本物の製品が届くという仕組みを構築しました。
偽造防止のソリューション・プラットフォームを運用するうえで求められている条件は、次の3つです。それぞれに対し、弊社では対策を行っています。
- ●判定データに対する改ざん耐性
→改ざんされてしまうリスクを PED によって極限まで下げた - ●社会インフラとしての信頼性・安定性
→弊社単独では実現が難しい部分のため、 TIS との協業により実現 - ●サプライチェーンに対する柔軟性
→弊社のラベル・ブロックチェーンそのものを、柔軟性を持つ製品・仕組みとして提供している
他社と協業して技術を社会価値に変える柔軟な発想も重要
これからの世の中で新しい事業を創るには、キーとなる技術が必要です。その上で、その技術をどのように社会価値に変えていくのか、自分たちの視点を変えることが非常に重要です。そして、その実現を加速していくためにも、オープンイノベーションによって社外の方々と協業することもキーポイントとなるでしょう。
講演者紹介
田村 敏 氏
旭化成株式会社 顧問
【略歴】
1958 年横浜生まれ。
1984 年慶応義塾大学大学院・電気電子工学専攻修了後、旭化成工業㈱(現 旭化成㈱)に入社。
旭化成エレクトロニクス㈱にて半導体事業の部長を歴任。
2012 年 同社・生産センター長、2013 年同社・センシング事業部長、2014 年同社・執行役員を経て、2015 年同・代表取締役社長兼社長執行役員。
2019 年旭化成㈱・常務執行役員兼マーケティング&イノベーション本部長として、既存組織に囚われない新規事業創出を推進。
経団連・スタートアップ委員会、日本能率協会・マーケティング評議会にも参画し、社外との連携を目指し積極的に活動。
2021 年同社・グリーンソリューションプロジェクト長を兼務し、全社のカーボンニュートラル実現に資する新規事業構想を立案。
2022 年同社・顧問に就任、現在に至る。2022 年 7 月より JIN アドバイザーに就任。
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