- 配信日:2024.12.20
- 更新日:2024.12.20
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飼料・魚粉・肥料はビジネスチャンスか?フードテック動向と最新技術事例
本記事はリンカーズ株式会社が主催した Web セミナー『飼料・魚粉・肥料はビジネスチャンスか?~ グローバルのトレンド・事例、先端技術紹介から考える ~』を編集した独自記事です。
農林水産省 農林水産研究所 客員研究員で、株式会社スペックホルダー 代表取締役社長の大野 泰敬 (おおの やすのり)様より「世界のフードテックの動向や、飼料・魚粉・肥料の技術トレンド」について(記事前半)、
リンカーズ技術リサーチャーの浅野 佑策(あさの ゆうさく)より「カーボンニュートラル / サステナビリティを見据えた、肥料・飼料製造の最新技術事例」について(記事後半)、
の構成となっております。
記事の最後では、セミナー講演時に使用した資料の一部を無料にてダウンロードいただけますので、あわせてご覧ください。
目次
🌑日本の食料自給率(飼料自給率)の現状
🌑フードテックとは?世界の動向
○世界のフードテックの動向:アメリカ
○世界のフードテックの動向:シンガポール
○世界のフードテックの動向:ドイツ
○日本のフードテックの動向
🌑飼料の市場規模
🌑飼料の技術トレンド
🌑魚粉の市場規模
🌑魚粉の技術トレンド
🌑肥料の市場規模
🌑肥料の技術トレンド
🌑フードテック業界に参入する IT 系企業の成功者たち
○ビル・ゲイツ氏の活動
🌑海外の状況について正確に把握する
🌑カーボンニュートラル / サステナビリティを見据えた肥料・飼料製造の最新技術 20 選
○アンモニアの製造技術事例
○リンの製造技術事例
○微生物や虫の力を利用した飼料の製造技術事例
○廃棄物から飼料・肥料を製造する技術事例
🌑カーボンニュートラル / サステナビリティを見据えた肥料・飼料製造の技術開発トレンド分析
○ナノ肥料・制御放出技術による栄養吸収効率と作物成長促進
○電気化学・光化学で実現する持続可能なアンモニア合成技術
○プロバイオティクス等による動物の成長促進飼料技術
○乳酸菌添加で飼料発酵を高品質化する技術
日本の食料自給率(飼料自給率)の現状
まずは大野よりお話しさせていただきます。本セミナーの前提として、日本の食料自給率の現状について説明をさせてください。
日本の食料自給率は 38 % と言われてきました。しかしこの数字には、カロリーベースのもので加味しなければならない重要な指標が隠されており、その指標を含めると自給率の数字が大きく変わります。その指標とは「飼料自給率」というものです。主要自給率を加味した数字は農林水産省が発表しているのですが、メディアで取り上げられることはほとんどありません。
例えば、卵の自給率は 97 % とされていますが、飼料自給率を加味すると 13 % に低下します。牛肉は 47 % から 13 % に、豚肉は 49 % から 6 % に 、鶏肉は 64 % から9 % にまで低下します。私たちが知っている自給率は、飼料を意識すると数字が大きく変わってくるのです。牛や豚、鶏などはご飯、つまり飼料を食べなければ育ちません。そのため飼料は非常に重要だと言えます。
また、日本の農地で育てている作物は、その 99.5 % を F1 種という種を使って育てているので、1 世代しか生産できません。つまり毎年主要メーカーの種を買う必要性があります。F1 種の種は日本国内でも生産されていますが、ほとんどは海外で交配されたものです。種子の交配における海外依存度は 約 90 % で、国内で流通する野菜の約9割は海外で交配されたものということになります。
養殖の分野では、養殖のコストに占める餌代の割合が全体の約 70 % となっています。すなわち餌代が高騰するということは養殖業の経営に大きく影響するということです。餌となる魚粉の国際価格は過去最高を記録しており、 1970 〜 80 年代と比べると 4.8 倍に増えています。餌代の原価がどんどん上がると、当然倒産する養殖業者も増加します。養殖大国と言われる愛媛県でも3社が倒産している状況です。
酪農家の赤字の割合についてもさまざまなデータがありますが、コストの上昇によって経営が圧迫され 85 % 以上の人たちが赤字になっているというデータが出ています。また酪農家の4割以上は、1ヶ月の赤字が 100 万円以上増え続けているというような状態でもあるのです。大体、酪農家の6件に1件は1億円以上の借金を抱えているというデータもあります。
ここまでを総括すると、海外からの輸入に依存してきたモノの価格が高騰化してきて、生産者が非常に厳しい状況にあるというのが日本の現状です。
フードテックとは?世界の動向
そしてもう1つ重要な前提として、フードテックとは何かを解説します。
フードテックと聞いて「大豆ミート」や「昆虫養殖」「培養肉」などをイメージする方が多いと思います。実際にフードテックとして世界の企業が注力している分野に、この3つはいずれも該当しません。しかし、その事実は日本ではほとんど報道されていないのです。世界の実情と日本に入ってくる情報には乖離(かいり)があります。
例えば、フードテックの先進国として発達してきているシンガポールが現在何をメインに取り組んでいるのかというと、やはり大豆ミートや培養肉などではありません。しかし日本に入ってくるのは大豆ミートや培養肉などの情報ばかり。
つまり私たちが知っているフードテックに関する情報は非常に断片的なので、海外の動向をしっかり把握しないとフードテックの分野での戦略を練るのも難しいと言えます。
そこで私は世界のフードテックの動向を調べました。調査方法はシンプルで、例えば日経新聞や朝日新聞、ニューヨーク・タイムズなど、約 50 カ国5万社の過去 20 年間分のアグリテック・フードテックに関連するニュースを全て収集し、分析しました。結果、世界のフードテックに取り組む組織が何を目指しているのかが見えてきたのです。この話については後ほどお伝えします。
世界のフードテックの動向:アメリカ
アメリカはフードテック先進国として、投資額、企業、ヒトなどあらゆる分野でトップを走っています。アメリカ国内で報道されたニュースを分析したところ、特に力を入れている分野は飼料関連、2番目は食品安全性、3番目は食料安全保障だということが見えてきました。この結果から一次産業をサポートする動きが活発であり、次いでフードロスをどう防ぐのかという動きがあることがわかります。また私たちがよくニュースで耳にする大豆ミートや培養肉などは、全体のうちの 10 % 程度でした
その一次産業の中では特に飼料・肥料に関する取り組みが非常に活発になってきている状況です。後ほどお伝えしますが、個人的にこの領域で今一番頑張っていると感じる人がビル・ゲイツ氏。ビル・ゲイツ氏は飼料・肥料関係の会社3社に出資をしています。彼のような IT 分野で成功した人たちも、飼料・肥料の領域に参入し始めているのです。
世界のフードテックの動向:シンガポール
先ほど例に挙げたシンガポール。シンガポールが注力している領域は、飼料・食品安全性・食料安全保障で、アメリカと全く同じ状況です。やはり培養肉などはメインの分野ではありません。
世界のフードテックの動向:ドイツ
もし私が培養肉など日本でメジャーなフードテックの分野で最も取り組みをしている国はどこかと聞かれたら、ドイツと答えます。ドイツは培養肉など代替タンパク質に力を入れていくことを国として表明しており、フードテックに取り組むスタートアップの 54 % が代替タンパク質に関する開発などをメイン事業にしている状況です。
日本のフードテックの動向
日本のフードテックに対する海外からの評価としては、やはり発酵技術の高さが取り上げられることが多い印象です。しかし日本国内のニュースを分析すると「フードテック」という言葉そのものが多く取り上げられていることが見えてきました。これは日本だけで見られます。
この理由はおそらく、フードテックとは何かを理解していない人が多いからだと思われます。フードテックにはどのような技術が該当するのかピンポイントで理解できていないから漠然と「フードテック」という言葉でくくられてしまうのではないでしょうか。
どちらかというと日本は、日本は短期的な技術よりも中長期的な未来の技術に関心があるという印象を受けました。具体的には代替肉・培養肉などの情報やフードテックのイベントに関連する情報、どこの企業がいくら資金調達したかなどの情報を得ようとしている人が多く、その人たちに向けたニュースが日本国内で数多く見られる状況です。
他の国に共通しているのは、細かい課題こそ違えど食料安全保障の観点から「一次産業をどう守っていくか」に注目していることが挙げられます。他には「フードロスをどう防いでいくのか」「食料に関連する環境問題をどう改善していくのか」などにも集中して取り組んでいる企業が多いです。
飼料の市場規模
世界各国のニュースをチェックする中で見えてきた飼料・肥料・魚粉の市場規模についてもお話しします。まずは飼料の市場規模について。
同じ飼料でも国ごとに扱っているものが全く異なるのですが、ひとまとめにしたのが画像のデータです。2023 年の世界の飼料市場規模は 5,096 億米ドルで、どんどん拡大しています。その背景には人口増加と、人々の所得向上により消費が拡大して動物の肉の需要が増えたことなどがあるでしょう。さらにビル・ゲイツ氏が取り組んでいるようなオーガニック飼料も増加してきています。このような背景があって飼料の市場は伸びており、特に顕著なのが中国を筆頭にしたアジアの領域です。
今後の予測として、飼料の市場規模は 2030 年には 8,168 億米ドルまで伸びるとされています。具体的な数字は調査会社のデータによって異なるのですが、共通しているのは今後も成長し続けるということです。
特に畜産の需要が世界的に増加しています。例えば中国の養豚場は、いわゆる牛舎のような場所で牛や豚を育てるのは海外だと古いものになりつつあり、高層ビルのような建物を使った生産方法を国が後押ししている状況です。この方法だと大量の飼料を必要とします。そのため飼料の需要が増え、アジアだけでも飼料全体の消費量は 37 % に達するとされています。
飼料の技術トレンド
ニュースを見ていくと飼料に関するさまざまな技術があることがわかります。ここではどのような技術がトレンドになっているのか、一部紹介します。
まずは「精密栄養学」。動物の個別ニーズに合わせて栄養管理し、健康・生産性を最大化して環境負荷を軽減する技術を研究する分野です。動物の遺伝情報や生理的特徴、生産段階から考慮して、飼料の中の栄養素を精密に調整するという技術がトレンドになっています。
それから「プロバイオティクス・プレバイオティクス」。動物の腸内環境を改善して消化吸収効率を向上させるための技術です。動物の腸内環境を改善させ健康にすれば、肉質や乳量などにプラスの影響があります。そのため動物をいかに健康にするのかが畜産においてとても重要で、技術としても注目されています。
そして「植物由来プロテイン」。今まで使ってなかったような材料を使って飼料を作っていく技術です。特に魚粉に植物性たんぱく質を使うということが流行になってきています。
他には「遺伝子組換え技術」ということで、栄養価や収量を向上させた飼料作物の開発もトレンドになっています。例えば飼料に使われることの多いトウモロコシを遺伝子組み換え技術により、栄養価の高いものにしていくという取り組みも多く見られるようになりました。
あとはやはり「 IoT と AI 」を使った技術もトレンドです。データ駆動型の環境モニタリングを活用することで動物の行動パターンを分析して最適な飼育環境を整えていくといった技術が開発されています。
さらに「ビッグデータの解析」もトレンドになってきており、このような技術をベースに多くの企業が成長している状況です。
魚粉の市場規模
2023 年の世界魚粉市場規模は 95 億米ドル。今後も市場規模は伸びていくとされ、これまで確保できていた魚粉が確保できなくなる可能性があると危惧されている状況です。また価格が高騰していることも大きな課題となっています。
あとは環境保護の観点から、持続可能な養殖業へシフトする流れが生まれています。
先ほど中国の養豚場の例を取り上げましたが、養殖についても海外では同じように大量の魚を育てる施設が建設されています。例えばノルウェーに納品された巨大な養殖船では、1隻で日本人が年間で食べるトラウトサーモンの 10 % をまかなえます。約 8,000 トンの魚を養殖できる養殖船です。中国が製造し、ノルウェーに2隻納品しました。このように大量の養殖が可能になっているため、魚を育てるために必要な魚粉の量も増え、市場としても急拡大していくと予想されます。
魚粉の技術トレンド
魚粉に関する技術のトレンドとして、まず「代替タンパク源」が挙げられます。昆虫や藻類を魚粉の原料にするという取り組みが話題になっています。
特に藻類を活用した魚粉は個人的に注目しています。従来、魚粉は代替化が難しいものだとされてきました。昆虫を魚粉の原料にする取り組みはあったのですが、それでも大体 10 % 前後くらいを代替するのが限界だったのです。その状況を変える取り組みになり得るのが藻類を使った魚粉ではないかと思っています。
インドネシアでは藻類を使った魚粉での養殖に成功している方たちがいます。その方たちは藻類を使った魚粉をエビの稚魚に与え、そのエビの稚魚が大きくなってきたら魚の餌にするという仕組みを構築したのです。使用する電気代や餌代はほとんどかからず、年間のコストを抑えることにも成功しています。このような技術が日本でも伸びてくる可能性があるでしょう。
また「バイオテック魚粉」も注目されている技術です。遺伝子編集された高機能・高栄養素魚粉を実現する動きも進んできています。
さらに「 AI ・ IoT を活用した業務生産の最適化・品質管理の高度化」を図っていく動きもあります。
そして、使われていないものを再利用して、持続可能性を向上させていく「循環型魚粉生産」などが世界では進んでいます。「循環型魚粉生産」については日本でも進んでおり、例えばマグロの漁獲量が国内トップである静岡県では、回収した魚の臓器や頭などを無駄なく再利用する方法が確立されています。
他には「ナノ魚粉」という、栄養吸収率を飛躍的に向上させるためのテクノロジーを活用した魚粉も注目されています。
肥料の市場規模
肥料の市場規模は 2023 年時点で 2,022 億米ドルで世界人口の増加など食料需要の拡大によりどんどん伸びてきている状況です。
特に中国とインドが中心となって市場シェアが拡大しつつあります。中国とかインドは人口が非常に多いうえ、人々の所得がどんどん上がってきているため、急激に消費が増加しているのです。
そして 2030 年には市場規模が 5,400 億米ドルに達すると予想されています。
肥料の技術トレンド
肥料の技術トレンドとしては
「持続可能な効率化の肥料」
「環境配慮型肥料」
「高機能のバイオ炭肥」
「スマート精密施肥(せひ)」
などが出てきています。このあたりは後ほどお話しいたします。
フードテック業界に参入する IT 系企業の成功者たち
ここまで紹介してきたデータはあくまで一例であり、実際の数字としてどこまで伸びるかは明確ではありません。それでも私自身が「フードテックは今後間違いなく成長する分野だ」と思える根拠は、世界で活躍・成功している IT 系企業の人たち、つまり先見性がある人たちがこぞって投資をしていることです。
例えば Google 、アリババ、テンセント、 Meta 、 Microsoft など世界の IT 系企業が一次産業の効率化や保全に徹底的に取り組んでいます。
ビル・ゲイツ氏の活動
今回最もお伝えしたいことが、ビル・ゲイツ氏の活動です。現在私が最も注目している経営者で、彼ほどフードテック関連に投資している人はいないと思っています。
ビル・ゲイツ氏は既にアメリカ最大の農地保有者になっていますし、小規模畜産農家を支援するための取り組みを進めるなど畜産・養殖・農業にものすごく力を入れているのです。
ビル・ゲイツ氏の取り組みは多岐にわたりますが、その中で私が最も注目しているのが、彼が投資している RUMIN8 というメタン排出を削減するための飼料添加物を開発・製造しているオーストラリアのベンチャー企業です。
この企業の注目すべき点は、公表されているデータを見るとメタンの削減率 86 % という効果があったということ。そして2億 3,500 万頭の牛を使ってさまざまな実証実験を繰り返しながら彼らの技術を使っていくと、生産性が 12.5 % 向上するということ。このような点で注目されています。
RUMIN8 の経営者は農業やバイオテクノロジー分野で非常に有名な方で、ビル・ゲイツ氏の投資を受けながら経営しています。
RUMIN8 の累計資金調達額は 1,200 万米ドルに達していて、収益は 1,000 万ドルから 5,000 万ドルになっており、急成長している状況です。
フードテックの市場はこれからも伸びていくことが予想できます。そこに対する新しい取り組みとして技術開発や国際的な展開、規制承認獲得、科学技術の検証による生産増加、販路拡大などを RUMIN8 のような企業が行っています。
海外の状況について正確に把握する
ここまでに紹介してきた事例はあくまで一握りですが、共通していることは、海外ではとてつもない生産量を確保するために、原材料をどんどん消費しています。この原材料、つまり飼料・肥料・魚粉の重要性が高まっているのです。食品生産において餌とエネルギーの確保は切っても切り離せません。
また海外では食料安全保障の観点から一次産業をどう守っていくのか、生産者をどう守っていくのかということにフォーカスしています。
このような海外の状況を正確に把握すること、各国がどのような取り組みをしているのか専門的に調査することがフードテックの分野に参画するうえでとても大切になるでしょう。