- 配信日:2024.12.13
- 更新日:2024.12.13
オープンイノベーション Open with Linkers
味覚メディアとは?食体験と健康を革新する未来技術の全貌
味を「情報」と捉えるのが味覚メディアの基本的な考え方
ここまでの話や事例を踏まえると、味とは「情報」にすぎないと思えてきます。絵画をカラーコピーしたとき、同じ絵具を使用せずとも見た目を再現できるのと同様に、味についても、違う物質を用いてある程度再現することは可能なのです。
味を「情報」と捉えるならば、飛脚のように物理的に運ぶ必要性が減ってきます。人が食べるためにレストランに移動したり、料理を作るために世界中からたくさんの食材を運んだりすること自体がナンセンスなのかもしれません。
レストランに人が移動する際にも、食材の輸出入の際にも、たくさんのエネルギー消費と、温室効果ガス排出が起こっています。しかしそこまでしなくても手近な材料で味を再現することは理論的には可能なはずです。
さらに食糧問題について考えてみましょう。地球のサイズは大きくならないのに人類は増えていますので、食料を供給できるキャパシティがどんどん逼迫(ひっぱく)しています。このような状況下で私は、食材の奪い合いが絶対に起きないようにしたいなと思っています。特に希少な食材の味の複製こそ、味覚メディアができる世界への貢献になるだろうと考えています。
希少食材の再現事例:ペルー産カカオの再現
希少食材の味の複製を実現するにあたって、三井物産と一緒に研究をしました。三井物産はカカオの仕入れをするだけでなく、カカオの専門家やショコラティエなどが所属しています。そのような方々ともコラボレーションして、安いコートジボワール産のカカオを原材料に、とても希少なペルー産のカカオの味を再現するという取り組みをしたのです。
スイーツ評論家である真壁 刀義(まかべ とうぎ)さんにペルー産のカカオを再現した味と本物の味を比較してもらいました。真壁さんはこの2つの味は違うと判断しました。この時点で私たちの「味再現」の取り組みは失敗です。しかし真壁さんは「再現した味のほうが美味しい」と評価したのです。この点は今後の可能性を感じさせる部分でした。
要するにペルー産やコートジボワール産のような離散的な産地の選択肢がある場合でも、その選択肢に属さないさらに美味しい味を発見したり生み出したりできるということです。現在、『 TTTV2 』の後継機となる『 TTTV3 』を用いて、その味、まだ見ぬさらに美味しい味を探索しています。
味覚メディアを活用した発展的な事例
さらに発展的な事例を紹介します。
事例:ワインの味を変える
ボトルに装着する『 TTTVin 』というデバイスでは、再現したいワインと、デバイスに装着したワインとの味の差を自動的に埋めることができます。これを使えば、たとえば白ワインのボトルであっても、味を赤ワインに変えるということも可能です。
最近は生成 AI と味覚を組み合わせる研究も行っています。その1つとして、 AI で映像から味を推定し、その味を再現するというデバイス『 TasteColorizer』を開発しました。
事例:熟成度による味の変化を再現する
次は「味のタイムマシン」です。食品の品種の違いまで再現できるなら、同一食品の時間的な変化を再現できると考えました。まず、味を経時変化させながらその熟成などによる味の変化を測定し、それを数式モデルにしました。
トマトを熟成させながら味の変化を測ります。すると旨みが増加する、酸味が減少するなどの過程が見えてきます。この過程がわかると、味を順行させる場合、あるいは逆行させる場合の添加量の数式モデルを作れます。この数式を利用すればタイムマシンのように熟成度による味の変化を1日分進めたり、1日分戻したりといったことが可能です。この仕組みを実現するデバイス『Taste-Time Traveller』や『Chronospoon』も開発しました。
実質、賞味期限をなくせるという、少しセンセーショナルな言い方もできます。このように味が自在に変えられるという前提のもとで食品産業を考え直すと、食料問題にも貢献できるのではないかと期待しています。
味覚メディア産業がもたらす健康の未来
最後に「味覚メディア産業がもたらす健康の未来」についてお伝えします。
一度『エレキソルト』の話に戻りますが、この仕組みを使えばしょっぱいものを思いきり味わっても高血圧にならないということを実現できます。いわば、健康のためのひとつの「我慢」から人々を解放していると言えます。
このアナロジーで、例えば「脂っこいものを食べても肥満にならない」「甘いものをたくさん味わっても糖尿病にならない」など、他にも実現できることがあると気付きました。そしてそのために「食感制御」という要素を味覚メディアに取り入れていく必要があることもわかってきました。これに関して最近の成果を紹介します。
1つは『 Virtual Oil Generator (バーチャルオイルジェネレーター)』です。多様な油を脂質ゼロで作ることができます。人間が「油である」と感じられるテクスチャや粘性、食感を表現するデバイスです。ダイエットに役立つだけでなく、衣服に付着しても油汚れにならないなど、メリットは多いです。先日学会でデモンストレーションを行いましたが、味覚嗅覚障害がある人でも「油だ」と感じられることなども発見できました。たとえばアヒージョを油ごと飲み干しても健康に悪影響がない、といったことを実現できます。
それから『 Virtual Creaml Generator (バーチャルクリームジェネレーター)』というデバイスも開発しました。ゼラチンと増粘剤をうまくブレンドして攪拌することによって、カスタードクリームのように思える食感を、糖類や脂質を全く使わずに実現することができます。
いわば、「ゾルのフードプリンティング」の世界です。私たちはこれまで、さらさらした液体を混合して味を再現していました。しかし今では、増粘剤などを使い、カレーやシチュー、ヨーグルトのようなどろっとした食感の再現にも進出しています。今後さらに再現できる味を拡大していく予定です。
このように、美味しさと健康を両立して、食に対する我慢から人々を解放し、「好きなものだけを好きなだけ食べて、身体は健康」という未来を実現していきたいと考えています。人の幸せにはまだ「のびしろ」があります。わたしたちはそれに挑んでいるのです。
講演者紹介
宮下 芳明 氏
明治大学 総合数理学部 先端メディアサイエンス学科 学科長・教授
【略歴】
イタリア・フィレンツェ生まれ。2006年北陸先端科学技術大学院大学にて博士号(知識科学)を取得、優秀修了者賞受賞。2007年 明治大学に着任。2023年 イグ・ノーベル賞(栄養学)受賞。
2023年にNTTドコモ、H2Lと味覚共有技術「フィールテック」を共同開発し、綾瀬はるか主演CMで話題となっている。
「あなたと世界を変えていく。」 フィールテック・味覚共有篇 30秒
「あなたと世界を変えていく。」フィールテック・味覚共有技術解説篇
2019年よりキリンホールディングス株式会社と共同で減塩食品の塩味を増強する独自の電流波形を開発し、この技術を搭載した食器型デバイス「エレキソルト スプーン」が同社より2024年販売。同年 内閣府 日本オープンイノベーション大賞 日本学術会議会長賞受賞。CES Innovation Awards®2025のDigital Health部門および Accessibility& AgeTech部門の2部門で受賞。
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