• 配信日:2024.12.13
  • 更新日:2024.12.13

オープンイノベーション Open with Linkers

味覚メディアとは?食体験と健康を革新する未来技術の全貌

この記事は、リンカーズ株式会社が主催した Web セミナー『味覚メディア産業が切り拓く食と健康の未来』のお話を編集したものです。

明治大学 総合数理学部 先端メディアサイエンス学科 学科長の宮下 芳明 (みやした ほうめい)教授に、味覚メディアとは何か、特定の味を本来の材料とは異なる物質で再現する事例などとあわせてお話しいただきました。

※セミナーでは様々な聴講者にご参加いただいており、宮下教授には平易な表現、言葉にてお話しいただくご配慮を頂いております。本記事においても私どもリンカーズの編集意向にて、可能な限り平易な表現で文字化をさせていただいております。

味覚メディアとは


「味覚メディア」は私(宮下教授)が作った言葉です。まずその意味を解説します。

飲食品業界にある技術を「メディア」という切り口で再構築しようとして「味覚メディア」という言葉を作りました。

例えば「聴覚メディア」というと、マイクとスピーカーを組み合わせて、マイクで音を記録し、スピーカーで出力するということをリアルタイムで行っているテレフォンが挙げられます。すなわち聴覚信号や聴覚刺激などの入出力をペアにすることで、メディアとしての多様性がいろいろ生まれるのです。テレフォンだけでなく、レコード、イコライザーなども聴覚メディアであり、このようにさまざまな用途が生まれています。

他には「視覚メディア」として、例えばカメラとディスプレイを使って視覚信号・視覚刺激の入出力をペアにすることでテレビジョンができます。

このような視聴覚メディアと言われていたものの代表が、テレビやラジオでした。それがだんだんとスマートフォンで YouTube を見る時代になっており、パーソナライズの流れが強まっています。私はこの流れが味覚にも言えるのではないかと提唱しています。

「味覚メディア」を私は「テレテイスト」「テレイート」の2つに分類しています。味センサが取得したデータや、テイスター(味の鑑定者)が数値化したデータなどを使うとディスプレイ上で味見ができる「テレテイスト」が実現できます。

あるいは味プリンタのようなものがあれば、味センサなどで読み取った食品を直接食べる仕組みも実現可能で、すでに形になっています。これを「テレイート」と呼んでいます。

各個人の味覚に合わせた、あるいは一口単位で味を変えるようなデバイスも開発されており、まさに味のパーソナライズ化が進んでいる状況です。

味覚メディアの一例が『エレキソルト』です。キリンホールディングスから発売されました。電気味覚技術を応用して、舌に電気刺激を与えたり、舌の上にある溶液の中の電解質イオンを使って塩味を濃く感じさせたりします。これによって薄味の減塩食を 1.5 倍ぐらい味が濃いように感じさせることができ、しょっぱいものを思い切り味わっても高血圧になるリスクを減らします。このデバイスはオープンイノベーション大賞の日本学術会議会長賞として国からも表彰されました。良い産学連携の事例だと思っています。

最近、味の素株式会社では『電気調味料』という名前でウェアラブルの電気刺激デバイスのプレスリリースを出しました。こちらはスプーンなどの食器ではなく人体に接触させ続けるデバイスであるため、食器が口を離れた後も効果が継続するのが特徴です。デザイン性も良く、優れたデバイスだと感じています。

電気味覚を応用し産業として取り組んでいる企業がキリンホールディングスと味の素の2社もあるのは日本くらいだと思います。現時点では世界を独走しているといえるので、かつて日本が視聴覚メディアを率いていた時代があったように、味覚メディアも牽引できたらと思っています。

あらゆるもののパーソナライズ化が進む現代

昨今はストリーミングやサブスクなどコンテンツの消費方法が大きく変わっています。2024 年の6月に生成 AI 版の NetFlix と言える『 Showrunner 』というサービスが発表されました。入力したクエリから最大 16 分のアニメや映画を自動生成して、それをユーザーに見せるというサービスです。このようなサービスの出現は、従来のサブスクサービスのような、既存の膨大なコンテンツデータベースから検索するという時代から、そのユーザーに応じたパーソナライズドコンテンツを生成するという時代へ移りつつあることを感じさせます。

ここまでの話から何を伝えたいかというと、メディア産業は音楽であれ映像であれ、複製・流通技術、オンラインを疑似体験、ダウンロード、サブスク、 CGM 、制作者が使う生成 AI 、さらに消費者のニーズに応じて自動生成する AI の時代という形に移っています。こういう未来が来ることは、実はみんな知っていたはずで、多くの人が未来のトレンドを予想していました。

しかし、いつ誰がどのようなタイミングで業界変革を起こし、しかもそこに関わる人たち、例えばアーティストへの収入体系などを守りつつ、スムーズかつ合法的にシフトするのが難しく、実行しにくい部分でした。これらの課題に対し企業の経営者やシステム開発者、弁護士、アーティストたちなどが解決策を考えて、実現できるようになったのが昨今です。

要するにマスからパーソナルの時代に移っています。視聴者一人ひとりを楽しませるとしたら、みんな同じコンテンツで楽しめるわけではありません。もちろん従来のマスメディアがダメだったと言いたいわけではなく、高い品質のコンテンツを低コストで安定して供給するマスメディアがあってこそパーソナライズ化の流れが生まれていると思っています。

食品や味のパーソナライズ化が実現する未来

その意味で、飲料 / 食品メーカーは、マスメディアに対応する産業だと言えます。高い品質で一定の味を安定して多くの消費者に届ける。これは本当に素晴らしいことですし、大変なことだと思います。

しかしこれからは、「消費者一人ひとりが美味しいと思うものがみんな同じ味ではない」という前提に立って、パーソナライズ化を見据える必要があると、私は思っています。

ジョニー・デップ主演の『チャーリーとチョコレート工場』という映画があります。ここでは、「テレビ・チョコレート」というデバイスが出てきます。ジョニー・デップ演じるウォンカが経営する会社で作ったチョコレートを、スキャナーでデータ化し、それを電波に乗せて各家庭のテレビに届ける。そしてウォンカ社の CM を見ているときにテレビの中に手を突っ込むと、そのチョコレートを取り出して試食できるという架空のデバイスです。これを見たときに私は「実現できる」と思い、味覚メディアを作ろうと考えました。

私は学生時代に印刷やフィルムなどの研究をしていたので、例えばカメラの信号に使われている赤青緑がなぜ光の三原色と呼ばれるのかを知っています。私たちの網膜には錐体(すいたい)があって、それが一番よく反応する周波数が赤青緑だから光の三原色と言われていて、これらを組み合わせて数多くの色表現ができるのです。

同じように味覚の仕組みも、完全ではありませんが徐々にわかりつつあります。舌の上には、均一に受容体が分布して、基本5味を感じることができます。辛味や渋味などの広義の味覚を考えると種類は少し増えますが、それでも有限です。そう考えれば、各味を合成すれば味を再現できるのではないかと考え、味覚メディアに取り組んでいるのです。

味覚メディア実現の取り組み:テレテイスト


私は、「コロナ禍にテレテイストを間に合わせられなかった」というモチベーションで、インクジェットプリンタにヒントを得て、味のプリンタを作りました。エアブラシに食塩水や砂糖水、クエン酸水などを入れ、これらをブレンドし、色を混ぜ合わせるように味を混ぜ合わせれば実現できるだろうと考え、開発を進めました。

自分が講義する授業中に、エジソンが発明したキネトスコープの構造について取り扱ったので、これを参考に味覚メディアを作ろうと思いました。要は、フィルムが手前に流れて巻き取られていく構造にすれば衛生面にも配慮した形で味が次々に変わるプラットフォームが作れるだろうと考えたのです。それが『 TTTV 』と呼ばれるものです。画面に表示された料理に味の原液を吹きかけることで料理の味を再現し、画面を舐めるとその味を体験することができます。

スーパーやデパートなどの食料品コーナーにはさまざまな広告が出ていますが、最も効果的なのは味がわかる試食・試飲です。それを遠隔でも行える「テレテイスト」を実装・提案できたことになります。

味覚メディア実現の取り組み:テレイート


テレテイストを実現しているうちに、街中を走る UberEats の方々が、江戸時代に手紙などを届けていた飛脚に見えてきました。江戸時代は離れた人にメッセージを伝える手段として飛脚は便利だったと思いますが、現代ではそんなことをしなくても、スマホからメッセージを送ることができます。同じように、料理という物質を人がわざわざ運んでいるシチュエーションはそのうちなくなるだろうと思ったのです。

そこで考えたのが「調味家電」です。例えば音楽のように味をダウンロードする設備が実現された場合、それが家の中に置かれるとすれば、おそらく台所でしょう。台所には現在たくさんの電気製品、調理家電があって料理のプロのような絶妙な火加減を自動化し、家庭内で実現できています。この調理家電になぞらえて調味家電という名称を考えました。

料理を作るとき、料理本に書いてある通りに計量させたり、味見を繰り返して調整したりといった作業を人間が行っています。この味の調整を自動化できるような装置の実現に向けて研究・開発をしています。

それが『 TTTV2 』です。画面を舐める機構はなくして、食紅(可食インク)で食品に印刷するフードプリンターと合体させています。例えばパンの上にピザの画像を印刷し、味も再現して吹きかければピザトーストが自動でできあがります。

TTTV2(本人提供画像)
TTTV2(本人提供画像)

『 TTTV2 』の研究・開発を進める中で何かしらのキラーコンテンツを作りたいと思い、考えたのがアレルギー対策です。例えば味はカニでありながら、甲殻アレルギーを引き起こす原因となる素材は一切含まない味の合成を目指しました。そこで株式会社味香り研究所でカニクリームコロッケの味と、牛乳の味を測定してもらい、その差を混ぜる、つまりカニクリームコロッケの味を再現した食紅を牛乳に噴霧(ふんむ)することで甲殻アレルギーを引き起こさずカニクリームコロッケの味がする牛乳を作り出すことに成功しました。その牛乳を使って普通の「クリームコロッケ」を作れば、味がカニクリームコロッケになり、甲殻アレルギーの方でも食べられます。

味の再現+付加価値を実現した事例


このように、何かの味をただ再現するだけでなく、違う物質を使っているからこそのメリットを活かしたアイデアをいくつかご紹介します。

事例:口臭を気にせずにんにく料理を楽しむ

まずは「にんにく料理が好きだけど口臭が気になって食べられない」という際に役立つアイデアです。アリシンというにんにくの良い香りの元となる物質が、胃液と反応すると悪臭の原因になります。しかしアリシン胃ではなく肺に入れば悪臭は発生しないので、そのアイデアを具体化しました。

にんにくを使用せずに味を再現して、食器に装着したデバイスでにんにくの香りのみを発生させる。こうすることで口臭を生み出さずににんにく料理を楽しむことができます。

事例:味が美味しい毒キノコを安全に食べる

毒を持つキノコはアレルギーなどと関係なく人間全員が食べられません。しかしどうやら毒キノコは美味しいらしいので、ベニテングダケの味を安全に体験できるコンテンツを考えました。ベニテングダケの標本とエリンギの味をそれぞれ測定しておきます。エリンギを型抜きしたものにフードプリンターでベニテングダケの柄を印刷します。その後、ベニテングダケとエリンギの味の差分(うま味と苦味)を噴霧することで見た目も食感も味もベニテングダケに近づけます。

ベニテングダケの見た目と味に変えたエリンギ(本人提供画像)
ベニテングダケの見た目と味に変えたエリンギ(本人提供画像)

実際にベニテングダケを誤食したことがある方に試食してもらったところ、同じ味だとのことでした。

次のページ:味覚メディアの基本的な考え方や、さまざまな事例を紹介します。