- 配信日:2024.10.22
- 更新日:2024.12.18
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エネルギーハーベスティングの注目技術事例とトレンド
この記事は、リンカーズ株式会社が主催した Web セミナー『カーボンニュートラルを実現するエネルギーハーベスティングの最前線』のお話を編集したものです。
リンカーズで先端技術調査をおこなっている浅野 佑策(あさの ゆうさく)より、論文と特許に見る、エネルギーハーベスティングのトレンドと具体的な技術事例を紹介しました。
記事の最後の方では、セミナーで使用した講演資料を無料ダウンロードいただけますので、資料もあわせてぜひご覧ください。
◆目次
● エネルギーハーベスティングに関する論文分析結果
・エネルギーハーベスティングの注目技術事例(論文編):太陽光、風、振動などの自然エネルギーを利用した電力生成
・エネルギーハーベスティングの注目技術事例(論文編):圧電材料や振動を利用したエネルギー収集技術
・エネルギーハーベスティングの注目技術事例(論文編):トライボエレクトリックナノ発電機によるエネルギー収集技術
・エネルギーハーベスティングの注目技術事例(論文編):エネルギー収集技術における新材料とデバイスの研究
・エネルギーハーベスティングの注目技術事例(論文編):ウェアラブルデバイス向けの熱電エネルギー収集技術
・エネルギーハーベスティングの注目技術事例(論文編) :先進的な膜技術によるエネルギー変換と貯蔵の研究
● エネルギーハーベスティングに関する特許分析結果
・エネルギーハーベスティングの注目技術事例(特許編):エネルギー収集デバイスと無線通信を活用した持続可能な技術
・エネルギーハーベスティングの注目技術事例(特許編):エネルギー収集とデバイス最適化に関する研究
・エネルギーハーベスティングの注目技術事例(特許編):トライボエレクトリック効果を用いたエネルギーハーベスティング
・エネルギーハーベスティングの注目技術事例(特許編):再生可能なエネルギーの収集における風力と波力の活用
エネルギーハーベスティングに関する論文分析結果
環境中の微小なエネルギー(熱や電波など)を回収し、持続可能なエネルギー供給を実現するエネルギーハーベスティングは、小さなデバイスなどを動かすためにエネルギーを使用します。またカーボンニュートラルや持続可能な社会の実現に向けた重要な技術です。
エネルギーハーベスティングは 10 年以上前からずっと研究開発が進められている分野です。最近のトレンドをウォッチするために、今回は直近 10 年間、 2014 年以降のエネルギーハーベスティングに関連する論文・特許などを網羅的に分析し、どのような技術の研究が増えているのか、新しい技術・材料にはどのようなものがあるのかなどを紹介します。
分析した結果、 36 の技術カテゴリー、そのカテゴリーから 330 の開発トレンドがあることが分かりました。その中から近年注目度が高まっている 10 カテゴリー、 25 の開発トレンドについてお伝えします。
エネルギーハーベスティングに関する直近 10 年間の論文を抽出すると、情報がしっかりまとまっていて関連性の高いものはおよそ 44,000 件ほどになりました。年々論文の数は増加しているため、まだまだ勢いのある技術分野なのではないかと思われます。
国別に見ると中国が年々論文数を増やしており、直近 10 年の合計で見ても全体の 22 % くらいが中国の論文が占めています。
またインドも論文数が増えてきています。
日本は論文数で見ると数が少ない国の1つです。
この 44,000 件の論文をどのような技術カテゴリーに分類できるか、 AI や人間の知見を使いながら分析した概要をお話ししていきます。
論文は大きく5つのグループに分けられました。
A. 様々なエネルギーハーベスティングデバイス: IoT デバイスやウェアラブルデバイスなどデバイスに関する研究です。最近は圧電材料・トライボエレクトリックナノ発電機を利用したエネルギー収集技術が注目されています。
B. エネルギーハーベスティング向けの材料構造や設計技術:エネルギーハーベスティングに使う材料や材料の構造・設計などに関する研究です。
C. エネルギー管理と効率化技術:エネルギーハーベスティングで回収したエネルギーをどう管理していくか、少ない電力でどう効率的にデバイスやセンサー、通信ネットワークを動かしていくかなどに関する研究です。
D. エネルギーハーベスティングのメカニズム研究:エネルギーハーベスティングの根本的なメカニズム研究やシミュレーションに関する分野です。
Z. その他:上記4つに当てはまらない研究です。
それぞれのグループが具体的にどのような技術カテゴリーに分けられるのかを表したのが次の画像です。
* Z の画像は割愛させていただきます
上の画像のグラフは、横軸が 2019 年〜 2023 年までの 5年間での論文の増加率を表しています。
増加率が0% より多いものは 2019 年より 2023 年の方が論文数が増えていることが分かります。縦軸はそのクラスターの論文がどのくらいあるかを示したものです。このグラフについて端的にいうと、右側に行くほど最近論文数が増えている分野ということになり、上に行くほど論文の絶対数が多いので、研究が活発で成熟している領域ということになります。
今回は特にグラフの右側もしくは上側にある、赤丸で囲った6つの技術カテゴリーについてどのような研究がされているのか詳しく見ていきます。
<6つの技術カテゴリー>
A01:太陽光、風、振動などの自然エネルギーを利用した電力生成
A02:圧電材料や振動を利用したエネルギー収集技術
A04:トライボエレクトリックナノ発電機によるエネルギー収集技術
A05:エネルギー収集技術における新材料とデバイスの研究
A07:ウェアラブルデバイス向けの熱電エネルギー収集技術
B03:先進的な膜技術によるエネルギー変換と貯蔵の研究
ここ5年で顕著に増えていて、絶対数も多い分野としては、 「A04:トライボエレクトリックナノ発電機によるエネルギー収集技術」と、 「B03:先進的な膜技術によるエネルギー変換と貯蔵の研究」が挙げられます。
エネルギーハーベスティングの注目技術事例(論文編):太陽光、風、振動などの自然エネルギーを利用した電力生成
このカテゴリーの論文数は、エネルギーハーベスティング全体の論文数と同じような推移の仕方をしており、年々数が増えています。
中国のアカデミアから多数の論文数を出しており、数としてはトップ。2番目にシンガポールの大学が来ています。4番目にジョージア工科大学も入っているので、アメリカからも論文が数多く発表されていることが分かります。
具体的にどのような技術が研究されているのか、トレンドを見ていきます。
熱電材料を利用した低温度差エネルギーハーベスティング技術
まずは熱の差を使って発電するエネルギーハーベスティングが一つの大きな分野として扱われています。熱電材料を使ってエネルギーを収集していくとなると、世の中で大きな温度差がある場所や物は多くないのでなるべく温度差がない場所・物でどれだけエネルギーを生成できるかがポイントになっています。特に工業排熱などを使ってエネルギーを生み出すかが着目されています。それに関連する研究が活発化しています。
キーワードとして出ているのが PLZST セラミックスという材料で、温度の差が少ないところでも効率的な発電ができる材料ということで注目されています。
論文の概要を見ていきます。画像内の右半分に5つの論文を記載しています( doc id:37576、41957、39706、38610、35548 )。例えば一番上( doc id:37576 )はゾルーゲル材料を使って温度差が少ないところでもしっかりとエネルギーを生み出す研究で、2022 年から行われています。
上から2つ目はインジウムテルル化物という熱電材料を使って少ない温度差で効率的にエネルギーを生み出すための研究論文です。
3つ目はハイドロゲルというものを使って熱電材料を開発しているという論文です。
低電圧熱電エネルギーハーベスティング技術の進展
熱電材料で出てきた電力というのは、高い電圧を生み出すのが難しいため、なるべく低電圧でもしっかりとエネルギーとして活用できるように、電圧を変換するコンバータを開発したり、低電圧で動くデバイスを開発したりなども活発化しています。
論文を見ると、一番上は 200 mV の電圧で動くコンバータを開発したというものです。
2つ目は温度などの負荷条件が変動しても安定的に動く技術です。
トライボエレクトリックナノジェネレーターの出力向上と持続可能なエネルギーソリューション
摩擦によって生まれる静電気を利用して電力を生成する技術です。大まかに言うと、下敷きで髪の毛を擦って下敷きを離したときに発生する電圧差を線で繋いで取り出すようなイメージです。
この技術の良いところは、電力を取り出す効率が非常に良いとされている点と、静電気を取り出すので、元のエネルギーとなる振動が周期的でなくて良い点が挙げられます。例えば圧電素子を使って振動からエネルギーを取り出すとか、電磁力を使って振動から電気を取り出すとかという方法だとどうしても安定した振動でないと効率的に取り出せない課題がありますが、このトライボエレクトリックナノジェネレーターは不規則な動きやゆっくりな動きでも電力を取り出せるということで非常に注目されています。
この技術には様々な素材を使うことができるということで、ハイドロゲルを使った論文や PVDF を使った論文、メタルオーガニックフレームワークを使った論文、イオノエラストマーを使った論文などが発表されています。
流体誘導振動技術によるエネルギーハーベスティングの進展
流体誘導振動( FIV )という、流体を特殊な形状の配管に流して渦(うず)を作ることで振動を生み出し、エネルギーに変換する技術です。その振動からエネルギーを取り出す際は圧電素子を使います。こちらも注目度が高まってきています。
論文としては、高層ビルに吹く風を使ってエネルギーを生み出す技術、水流を使ってエネルギーを生み出す技術などが発表されています。
エネルギーハーベスティングの注目技術事例(論文編):圧電材料や振動を利用したエネルギー収集技術
PVD複合材料によるエネルギーハーベスティング技術の進展
エネルギーハーベスティングではセラミックス系の圧電材料がよく使われるのですが、最近は樹脂系・ポリマー系の圧電材料を使ったエネルギーハーベスティングも注目されています。その代表格となるのが PVDF (ポリフッ化ビリニデン)というフッ素系の樹脂です。これは樹脂なので圧電材料でありながら柔らかいため、ウェアラブルデバイスなどとの相性が良かったり、服や財布などに組み込むことでエネルギーを生み出す研究がされていたりします。非常に注目度が高まっている圧電材料です。
航空機翼や風力タービンからの振動エネルギー収集技術
こちらは材料というよりアプローチの話になりますが、航空機の翼や風力タービンの振動を使って発電するという研究です。昨今研究が進んでいます。
そもそも風力タービンは風の力でタービンを回して発電しますが、さらに発電中の振動も使ってエネルギーを生み出すようなコンセプトです。もちろんタービンを回すことによって得られる電力に比べたら微々たるものですが、例えば翼やタービンのモニタリングをするセンサーや、センサーの信号を飛ばすための通信機器など周辺機器のバッテリーレス化・バッテリー持続時間の延長などをさせる上で役に立ちます。
振動で生まれたエネルギーを収集することと併せて、振動自体を抑えることもエネルギーハーベスティングのやり方によっては期待できるので、制振をしながら余ったエネルギーを回収することも可能ではないかと考えられています。
論文の一番上はピエゾ電気ビームという圧電素子と磁気コイルを組み合わせたハイブリッドエネルギーハーベスティングの研究事例です。ピエゾと磁気コイルを組み合わせた技術は他の分野でもよく見られ、トレンドになっているように思われます。ピエゾは細かい動きに対しては効率的に発電できるのですが、周波数が低くなると発電が難しくなるという特徴があります。
対してコイルを使ったものは周波数が低くても効率的に発電が行われます。これを組み合わせると幅広い周波数範囲で効率良く発電が可能です。そのためさまざまな分野で注目されています。
他に上から3つ目の論文は風からエネルギーを収集しつつ、構造への影響を軽減するという、制震とエネルギー発電を組み合わせた技術に関する研究論文です。
柔軟で伸縮性のあるエネルギーハーベスティング材料の開発
こちらはこれまでにお伝えしたことと近い内容になりますが、柔軟性・伸縮性のあるエネルギーハーベスティングについての開発で、最近注目されつつあります。
先ほどのフッ素樹脂を使ったエネルギーハーベスティングや、トライボエレクトリックナノジェネレーターのような静電気を使う発電技術、圧電素子をナノファイバー状にすることで柔軟性を持たせるなど、さまざまなアプローチがあります。このようなアプローチで柔軟性のあるエネルギーハーベスティング技術を開発して、服やデバイスに取り付けるようなことが期待され、開発が進んでいます。
ただ材料の機械的特性と電気的特性を両立させることが開発課題となっており、柔軟性を保ちながら高い出力を実現する点が開発途上な部分です。この両立について研究が活発に進められています。
エネルギーハーベスティングの注目技術事例(論文編):トライボエレクトリックナノ発電機によるエネルギー収集技術
この分野も論文数が指数関数的に右肩上がりに増えていることが分かります。やはり中国の論文数が多いのですが、2番目に多いのが韓国です。韓国も非常に力を入れていることが予想できます。組織別に見ると1位が中国のアカデミア、2位がジョージア工科大学、そして7位に Korea advanced institute of science and technology という韓国の研究組織が入っています。
TENG技術によるウェアラブルデバイスと医療応用の進展
トライボエレクトリックナノジェネレーターの原理としては振動によって生まれる静電気を回収していくというものです。不規則な動きからエネルギーを集められることから、ウェアラブルデバイスや医療機器への応用が積極的に進められています。
ナノ構造材料を用いた高出力・高耐久TENGの開発
トライボエレクトリックナノジェネレーターの開発課題の一つとして、出力・耐久を高めることがあります。そこでグラフェンやカーボンナノチューブといったナノ材料を組み合わせることで特性を上げたり、耐久力を上げたりというような研究が進められています。
論文の一番上は金属有機構造体( MOF )を用いたトライボエレクトリックナノジェネレーターの合成研究で、この金属有機構造体が昨今さまざまな分野で注目されており、研究も進められています。
海洋エネルギーハーベスティングにおけるTENG技術の進展
こちらは海洋エネルギーハーベスティング技術で、波のエネルギーや潮の満ち引きのエネルギーなどを取り出していくというものです。波の動きは周波数が低く、不規則なため、圧電素子やコイルでエネルギーを収集すると効率が悪くなりがちです。しかしトライボエレクトリックナノジェネレーター技術を使えば波を効率良くエネルギー化できるのではないかと期待され、研究が進められています。
バイオマス・環境材料を用いた持続可能なTENGの開発
トライボエレクトリックナノジェネレーターは端的に言うと静電気を起こすことが技術のポイントで、さまざまな材料でこの現象を起こすことができます。そこでバイオマスや環境にやさしい材料や、廃棄物などを使ってトライボエレクトリックナノジェネレーターを作っていく研究も行われています。