• 配信日:2024.01.01
  • 更新日:2024.04.19

オープンイノベーション Open with Linkers

【2024年】年初インタビュー「製造業を取り巻く変化について」|ヤンマーホールディングス株式会社

2023 年は AI の革新的進歩をはじめ、外的環境の変化が著しい 1 年でした。同年、リンカーズのセミナーにご登壇いただいたイノベーション推進者、経営者、実務家の皆さまが、この変化をどのように捉えているのか。イノベーション活動に変化をもたらしたもの(こと)、注目技術、そして 2024 年の企業の役割・課題などについて、2024 年の年始インタビューとしてお話を伺いました。

本記事では、ヤンマーホールディングス株式会社 技術本部 共創推進室 専任部長の鶴 英明 氏にお話を伺いました。
※所属企業・肩書は 2023 年 12 月時点のものです。

2024年、製造業が果たしてゆくべき役割や課題


ーー今、製造業が果たしてゆくべき役割、その役割を果たすにあたっての課題について、どのように考えていますか。

鶴氏:デジタルやコトビジネスがもてはやされる昨今ですが、製造業はいま、二つの大きなチャレンジに向き合っていると思います。
まずは、リアルな世界を創造し実装する実現力。CG やシミュレーションで夢のある未来像が先行する時代ですが、現実世界は複雑系でありバーチャルな世界とは大きく異なります。だからこそ、現実界の基本原理である自然科学を正しく忠実に理解し、課題を解決する尖った技術力と、複数の技術を束ねて統合していくシステム思考が大切であり、特にこれからはクロスボーダーな知の融合と、こうした TOUGH TECH の実現に向けて地道に粘り強く取り組む力、それを育む企業経営や産学官民の連携環境が重要です。
もう一つは、製造業が経験した過去の成功体験からの脱却です。高度経済成長期に経験した、自動車や半導体業界に代表される上流から下流までの垂直統合や量産技術だけで自社グループを成長に導く手法はすでに難しくなっている時代です。もはやグローバルにこれだけ知や情報が分散した時代に自社だけができる理由を探すのは難しく、大企業もスタートアップも同じ土俵で双方のスペシャリティを活かすことが大切で、大企業の経験値からすると受け入れにくいアイディアであったとしても対等に好奇心とリスペクトをもって受け入れ、まずは協働で試してみる姿勢を持ちたいものです。また、製造業というと単味のプロダクトを想像しがちですが、カスタマージャーニーを描きながら上流や下流のモノやコトを組み合わせればさらにプロダクトの価値を高めることが可能で、そのためにも、製造業同士や異業種とのオープンイノベーションは殊の外、重要な時代だと考えます。
ひとたび、アイディアからプロダクトの姿と設計図が決まれば、日本の製造業の技術力と品質、そして総合力と突破力はまだまだグローバルトップクラスですので、社会を豊かにするためのものづくりのパイオニアであり世界のマザーとして大きな役割を担えると考えます。

ーー上記の役割や課題について、重要性や緊急性などは変化しているでしょうか。

鶴氏:これまでの進展国であった国々が、自国内のリソースに頼らずに自国を出て貪欲に学び、多様性の下で育った人材が製造業の急速な発展を牽引している姿を目の当たりにすると、グローバル環境の中で日本の製造業の進化の重要性も緊急性も待ったなしだと考えます。ともすると製造業が軽んじられる風潮がありますが、いまだからこそモノとコトを融合して製造業自体の構造変化を起こすこと、適正な人材の流動を促すこと、国内市場だけではなくグローバルな市場と経済を見据えること、異質を受け入れ既存の境界を越えること、が大切だと考えます。残念ながら、自分の経験だけでも2000年初頭から同じように重要性や緊急性が議論されていましたが、日本の変化のスピードは非常に遅く、ここにこそ危機感を感じます。

今、危機感を持っていることについて


ーー今後、製造業を取り巻く環境の変化に対して、もっとも危機感を持っていることを教えてください。

鶴氏:「産業構造の大幅な変化」です。危機感というよりは取り巻く変化に対するチャレンジだと捉えています。食料生産、エネルギー変換、インフラ、そしてこれらによる豊かな社会の実現に取り組む企業として社会の根幹を支える業務に携わる中で、こうしたエッセンシャルビジネスを脱炭素や省力化、安全・安心、ワクワクといった時代の要請にどう応えていくか、に日々直面しています。
特に 2023 年は、ウクライナ情勢に端を発して、これまで当たり前だった食やエネルギーのグローバルサプライチェーンが分断され、食料やエネルギー保障の課題が浮き彫りになりました。貿易経済圏に依存することなく、自国内のリソースを最大限に活用する経済と持続性、それを支える技術が喫緊の要請となっています。そのためには自社が関わってきた産業構造やビジネスモデルも大きく転換していく必要があり、これまでにない市場予測と事業戦略性、グローバルなパートナーシップ構築やイノベーション思考が求められると考えます。

自社のイノベーション活動に変化をもたらすもの(こと)


ーー2023 年、貴社のイノベーション活動に変化をもたらすと考えられる外的環境変化や、技術革新はありましたか。

鶴氏:世界的な気候変動による社会変化が急激に顕在化する中で、2023 年は食料生産、農業に関する話題や関心がにわかに高まり始めた1年だったと思います。まず、年初いきなり、2020 年以来の CES フルリアル開催で、CTA スピーチの後にJohn Deere 社が基調講演のトップバッターに立ったことは個人的には大きな衝撃でした。家電や半導体、自動車、そして最近は IoT や AI で世界的な注目を集めてきた展示会で、農業や建設向け産業機械メーカーが時代の変化を語ったのです。また、これまで収益性のある事業にはなりにくいとされてきた環境課題への関心が高まり、脱炭素や GX に関する政策立案や炭素クレジット市場の始動など、まだ B2B が中心ではありますが、社会のエッセンシャルインフラの保障課題としてだけでなく、今後は C 向け市場でも注目度が上がり、消費者意識を刺激する新しいビジネスとしてイノベーションへの期待が高まると考えます。
こうした観点で、2023 年だけの技術革新ではありませんが、長年の地道な研究開発により進化を続けてきた次世代太陽電池や蓄電池などの再エネや核融合技術、微生物や植物など医療・創薬以外の領域で自然を理解し共生するためのバイオ(生物学)技術、特定の生体機能発現・強化を目的としたゲノム技術、さらにソーラーシェアリングや再エネ地産地消型農業といった農エネ連携に代表される、クロスボーダー型イノベーションのチャンスが広がってきていると考えます。

ーー2024 年以降、どのようなことがイノベーション活動の大きな変化につながると注視していますか。

鶴氏:2024 年以降への期待として、敢えて 2023 年までになかなかできていないことを二つ挙げておきます。
まず一つめは、異質の取り込み。これはイノベーションの基本中の「キ」ではありますが、これまでの常識からの脱却や新市場・新顧客の開拓のためには、最初は居心地が悪いくらいの異質性を取り込む決断と勇気が必要です。どうしても今までの延長線上、成功モデルに傾倒していきがちな思考から強制離脱するためにも、異業種や異文化、異性、異世代といった異質なものを取り込みながら異結合を通じてイノベーションを呼び起こすことが大切です。
二つめは、グローバルな視点とロールプレイ。“ グローバル ” という言葉は当たり前に使われてはいますが、実は日本でいうグローバルは、日本を基点にしたままで世界を論じている場合が多いのではないでしょうか。日本にいる自社・自分ではなく、世界のどこかにいる自社・自分がそこにある市場や顧客にどう向き合うか、という視点を持ち込んでロールプレイすると、真のグローバルな地球観の中でいまの自分が日本の経済圏といういかに小さな世界をデフォルトとして日々向き合っているかに気付きます。もちろん、国内で興す国内市場に向けたイノベーションも重要ですが、地球規模で捉えた人類の社会課題を、自社・自分のイノベーションマインドを起点に、地球規模のリソースとして新しいアイディアや人との化学反応を興していくことが次の大きな変化に繋がっていくと信じています。なぜならば、韓国、台湾、シンガポール、インドネシア、マレーシア、そして中国など同じアジアの仲間たちはそうして急成長し、グローバルイノベーションを興してきているからです。

注目している技術


ーー注目している技術、技術カテゴリについて教えてください。

鶴氏:多様な変化が同時並行で起こっている昨今、関心領域は多岐に渡りますが、その中でも今後特に注目しているのは、土中や水中など、これまで人間が直接アクセスすることが難しかった世界で営まれる農業用土づくりや水産業における見える化や環境制御技術の台頭そして進化です。これまで、食料の安定大量生産を目指してきた一次産業が、結果として土壌や水質の汚染、さらには温室効果ガス発生の直接/間接因子となっていることが明らかになってきており、GREAT UNKNOWN である土中や水中は、科学的な探求心を刺激し、豊かな食料生産と環境保全の両立のためにも重要な分野であると認識しています。

2024年、オープンイノベーションに関して


ーーリンカーズのようなオープンイノベーション支援のビジネスマッチング仲介会社に期待する役割などに変化はありますか。

鶴氏:オープンイノベーションという言葉が日本で注目を集めるようになってから 10 年以上が経ち、企業でも専門部署を立ち上げて自走するなど、オープンイノベーション活動に対するニーズや期待は刻々と変化してきていると感じます。日本の場合、ビジネス開発が大企業組織を軸として動く国民性や、優れた固有技術が情報ネットワークの乗りにくい地方の隅々にまで分散していることを考えると、ビジネスマッチングのニーズが絶えることはないと思います。一方で、こうしたソーシングはあくまでもオープンイノベーション活動の入口であり、本質的な共創や事業シナジーを生み出すためには何が必要か?という点での進化はあまり進んでいない気がします。調査、マッチング、プラットフォームの次に、日本のオープンイノベーションのパイオニアであるリンカーズ様だからこその役割、比類のないネットワークと技術情報プールを活かした、企業の痒いところに手が届くようなもう一歩踏み込んだサービスがあると何か新しい変化を起こせないでしょうか?個人的には、リンカーズ様が、「ありたき姿」としてどんなオープンイノベーションの世界を描いているのか、それに対してどんなご提案があるのか、とても興味があります。2024年の新しい変化が楽しみです!

回答者

【2024年】年初インタビュー「製造業を取り巻く変化について」|ヤンマーホールディングス株式会社

鶴 英明 氏
ヤンマーホールディングス株式会社 技術本部 共創推進室 専任部長

【略歴】
東京大学大学院工学系研究科 精密機械工学専攻 博士(工学)。理化学研究所 基礎科学特別研究員を経て、1996 年 株式会社本田技術研究所入社。基礎技術研究センターで、Honda Jet 向けガスタービンエンジンや CF 複合材、PEMFC/SOFC 用触媒やナノカーボン、水素貯蔵材、非 Si 系太陽電池、二次電池電解質や電極材、非可食部由来バイオエタノールなどさまざまな新素材の物性、シミュレーション、実用化プロセス研究に幅広く従事。また、二度の米国駐在期間中、海外基礎研究所立ち上げ、コーポレートベンチャリング研究、研究マネジメントや戦略的研究企画業務を経験した。
2016 年ヤンマー株式会社入社。中期計画で掲げたオープンイノベーションに取り組み、新規事業創出、産学連携、スタートアップ投資等を担当。2022 年7月より現職。自治体と連携した脱炭素プロジェクトの推進を主軸としたオープンイノベーションによる社内外との共創に日々奮闘している。

リンカーズの実施する Web セミナーにご登壇いただいた皆さまに年始の特集インタビューとしてお話を頂戴しております。他の皆さまへのインタビューはぜひこちらをご覧ください。

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