• 配信日:2023.06.14
  • 更新日:2024.07.01

オープンイノベーション Open with Linkers

破壊的イノベーションの起こし方

この記事は、リンカーズ株式会社が主催した Web セミナー『破壊的イノベーションの起こし方~オープンイノベーション徹底解剖アカデミア編~』のお話を編集したものです。

クリステンセンの破壊的イノベーション理論を日本に紹介したことでも有名な、関西学院大学専門職大学院 経営戦略研究科長の玉田 俊平太(たまだ しゅんぺいた)博士に「破壊的イノベーションの起こし方」というテーマでお話しいただきました。

イノベーションに興味のある方、新規事業開発や事業戦略に携わっている方は、ぜひご覧ください。

破壊的イノベーションは「画期的なイノベーション」とは異なる


破壊的イノベーションを「画期的なイノベーション」と認識している方が多いのですが、
2つは別物です。この違いを説明します。

破壊的イノベーションの起こし方

このグラフは、ニコンの映像事業部門の売上推移です。 2013 年には売上が 7,500 億円ありました。しかし毎年 800 億円ずつ減少し、8年後の 2021 年には 1,500 億円になってしまっています。光学技術において世界トップクラスのニコンがなぜ「破壊」されつつあるのかを考えていきましょう。

ニコンのような歴史のある大企業は、多くのメリットを持っています。例えば、

  • ・技術の蓄積がある
  • ・製造能力がある
  • ・販売網がある
  • ・きめ細かいサービス網がある
  • ・既存顧客との信頼関係がある
  • ・ブランド力がある

など。このようなメリットがあるため、一般的に考えれば、大企業は他社との競争に勝利しやすいのです。

ところが、私が師事したクレイトン・クリステンセンは、歴史ある大企業が競合他社に打ち負かされた事例を複数見つけました。

破壊的イノベーションの起こし方

例えばハードディスクドライブ産業では、新しいアーキテクチャが6回現れましたが、業界の有力企業が次世代でもリードを維持できたのは2回だけです。競争上有利な歴史ある大企業であれば、もっと勝率は高くても良いはず。

破壊的イノベーションの起こし方

歴史ある大企業が競争に負けてしまう原因としてさまざまなビジネス雑誌が、以下のような点を挙げました。

  • ・近視眼的な投資が多く、将来を見据えていなかった
  • ・新しい技術を受け入れるための能力や経営資源が不足していた
  • ・事業計画が貧困だった
  • ・社内に官僚主義や慢心が蔓延(まんえん)していた

すなわち、大企業が競争に負けたのは、経営判断を誤ったためだと説明されていたのです。

しかしクリステンセンは、上記の考え方ではコンピュータ業界の事例が説明できないと反例を挙げました。

破壊的イノベーションの起こし方

具体例を挙げると、かつてコンピュータといえば、専用の部屋を1つ用意してその中にさまざまなモジュールを設置し、 24 時間 365 日ずっと冷房で冷やし続けなければ運用ができないメインフレームと呼ばれる大型コンピュータでした。この分野では IBM が圧倒的なシェアを有していたのです。

IBM がコンピュータ業界の覇権(はけん)を握っていた中、 DEC やデータ・ゼネラルなどの企業ではミニコンピュータの開発を進めてきました。ミニコンピュータは、値段がメインフレームの 10 分の1以下だが、性能も低く、データベースなど複雑な処理はできないコンピュータでした。しかし、それまでコンピュータを持っていなかった大学の研究室や企業の研究部門などに受けが良く、売り上げを伸ばしていきました。

企業の競争の優劣は経営だけで決まらない

ここで発生したのが「ムーアの法則」です。ムーアの法則とは、インテルの共同創業者であるゴード・ムーアが見出した経験則で、グラフの横軸に時間、縦軸に半導体の集積度を取ると、概ね1年半〜2年で半導体の集積度が2倍になるということを意味します。

例えば半導体チップの製造コストが同じだとすると、コンピュータの価格対性能比は1年半で2倍に高まる計算になります。すると3年後には4倍、6年後には 16 倍、9年後には 64 倍になるはずです。この法則をミニコンピュータに当てはめると、10 年後にはその性能が約 100 倍にまで高まることになります。その結果、それまでメインフレームでしか対応できなかった複雑な機能・処理にも対応できるようになり、次第にミニコンピュータがメインフレームのローエンド市場からシェアを奪っていきました。

このような流れを見た当時のビジネス雑誌は、ミニコンピュータを開発した DEC に対して「神の経営」と評価するなど大喝采(だいかっさい)しました。しかし、今度はミニコンピュータのシェアが、発売当初はミニコンよりはるかに性能が低かったデスクトップ・パソコンに奪われてしまいます。

コンピュータ業界の競争を示した前述の表をしっかり読むと、競争の勝敗が企業の経営善し悪しでは決まっていないということが分かります。メインフレームを開発した IBM は、ミニコンピュータを開発した DEC に競争で負けています。しかしその後、 DEC のミニコンピュータは IBM の開発したデスクトップ・パソコンにシェアを奪われてしまいました。もし企業の経営の優劣だけで競争結果が決まるのであれば、一度勝利した DEC が、負かした相手である IBM と再戦して敗北するはずがありません。つまり経営の優劣だけでない別の力でビジネスの勝敗が決まっています。これを説明するのが「破壊的イノベーション」の理論です。

破壊的イノベーションの起こし方

ここまでの話をまとめると、DEC との勝負に負けた IBM も競争の感覚は研ぎ澄ましていましたし、顧客の意見に注意深く耳を傾け、新技術に対して積極的に投資をしていました。これらの努力を通じて最も金払いの良い既存顧客が喜ぶような製品を作る「持続的イノベーション」は上手に行ってきましたが、ある特定の種類のイノベーション(一時的に性能が下がるイノベーション=破壊的イノベーション)にはうまく対処できず、板挟みになり、窮地に陥って打ち負かされてしまったということです。

この現象をクリステンセンは「イノベーターのジレンマ( Innovator’s Dilemma)」と名付けました。この「イノベーターのジレンマ」は業界・業種問わず、さまざまな場面で繰り返し発生しています。