• 配信日:2026.01.01
  • 更新日:2025.12.25

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【2026年】年初インタビュー「製造業を取り巻く変化について」|リンカーズオープンイノベーション・エバンジェリスト松本毅氏

2025 年も世界の情勢不安、物価高、賃金上昇の動きなど、外的環境の変化が著しい 1 年でした。同年、リンカーズのセミナーにご登壇いただいたイノベーション推進者、経営者、実務家、アカデミアの皆さまが、この変化をどのように捉えているのか。イノベーション活動に変化をもたらしたもの(こと)、注目技術、そして 2026 年の企業の役割・課題などについて、今年も 2026 年の年始インタビューとしてお話を伺いました。

本記事では、一般社団法人 Japan Innovation Network の常務理事であり、リンカーズ株式会社 オープンイノベーション・エバンジェリストの松本 毅 氏にお話を伺いました。

2026年、製造業が果たしてゆくべき役割や課題


ーー今、日本の製造業が果たしてゆくべき役割、その役割を果たすにあたっての課題について、どのように考えていますか。

松本氏:日本の製造業が果たすべき役割は、「高品質なモノづくり」にとどまらず、技術を通じて社会的課題を解決し、経済的価値と社会的価値を同時に生み出す共通価値を創造して「コトづくり(価値創造)」へと進化することです。 そのための最大の課題は、技術・知財(インベンション)を価値(イノベーション)に転換する「仕組み(システム)」の欠如です。日本企業は依然として高い技術力や知財を持っていますが、それを市場のニーズと結びつけ、価値を創出しスケールさせるための体系的なマネジメントシステム(IMS)が欧米企業に比べて未整備です。「偶然の成功」に頼るのではなく、意図的かつ継続的に再現性あるイノベーションを起こす組織能力の構築が急務であると考えています。
まず認識すべきは「製造業」という言葉自体の再定義です。2026年現在、物理的な「モノ」自体の価値は相対的に低下し続けています。デジタル技術の浸透により、製造業が果たすべき役割は、単なる「物質の加工」から「デジタルとフィジカルの結節点(インターフェース)の提供」へと劇的に変化しています。

ーー上記の役割や課題について、重要性や緊急性などは変化してきているでしょうか。

松本氏:重要性や緊急性は極めて高まっています。特にISO 56001(イノベーション・マネジメントシステム認証規格)の発行を受け、世界的にイノベーション能力を客観的に評価する動きが加速しています。 かつては「オープンイノベーション」は選択肢の一つでしたが、現在は企業の生存戦略そのものです。自前主義からの脱却はもちろん、外部パートナーとの連携を組織の「標準プロセス」として組み込まなければ、グローバルなサプライチェーンから除外されるリスクさえあるという危機感を持つべき段階に来ています。
また「変化した」という表現では生ぬるい。「危機的な閾値を超えた」と表現すべきです。

イノベーションサイクルの超加速
技術革新のサイクルが劇的に短縮されました。特に、生成AI(Generative AI)やマテリアルズ・インフォマティクス(MI)の実用化により、研究開発(R&D)のスピードが従来の数倍から数十倍に加速しています。
日本の製造業が得意としてきた「時間をかけた熟成」や「現場の改善の積み重ね」が、AIによる「高速な破壊的創造」に対して劣後するリスクが高まっています。今、変革に着手しなければ、2030年には市場から退場を余儀なくされるという危機感が、緊急性を極限まで高めています。

今、危機感を持っていることについて


ーー今後、製造業を取り巻く環境の変化に対して、もっとも危機感を持っていることを教えてください。

松本氏:「自社でイノベーションを起こせないこと」です。日本の製造業における最大の危機は、競争相手の出現や環境変化そのものよりも、それらに対応して自らを変革し、新しい価値を生み出す「OS(組織能力)」が古くなっている点にあります。 世界イノベーション指数と世界競争力ランキングが示す通り、日本は「技術(インプット)」はありますが「イノベーション(アウトプット)」が弱いという構造的な問題を抱えています。不確実性の高い新規事業の創造(知の探索)をマネジメントできていない企業が多く、このままでは技術を持ちながらも市場から退場を余儀なくされる「イノベーションのジレンマ」に陥る懸念が強いためです。

「イノベーションを起こせない」というのは、環境変化に適応し生存するための「組織能力の欠如」を指しており、企業の存続根拠に関わる最も致命的な病理であるからです。

自社のイノベーション活動に変化をもたらすもの(こと)


ーー 2025 年、貴社のイノベーション活動に変化をもたらすと考えられる外的環境変化や、技術革新はありましたか。また、外的環境変化に伴い、内的環境変化は起こりましたか。

松本氏:2025年は、ISO 56001の普及・浸透が進み、イノベーションが「個人の才覚」から「組織の規律」へと移行する転換点となりました。この外的変化に伴い、企業内では経営層がイノベーションへのコミットメントを強め、R&D部門だけでなく経営企画や事業部が一体となった「イノベーション・ハブ(両利きの経営)」的な組織設計への見直しが進んだ一年だったと認識しています。 技術面では、生成AIの実装が「業務効率化」のフェーズを超え、新規事業のアイデア創出や異分野の技術探索(マッチング)といった、イノベーションプロセスの核心部分にまで入り込んできたことが大きな変化でした。

外的環境変化:サステナビリティの実装と「グローバルサウス」の台頭
製造業はサプライチェーン全体のCO2排出量(Scope 3)を可視化し、削減することを義務付けられました。この外圧は、従来進まなかったサプライチェーン全体のデータ連携を一気に加速させ、企業の壁を超えた情報共有(オープンイノベーションの一形態)を余儀なくさせました。また、インドやASEAN諸国を中心とする「グローバルサウス」の台頭も無視できない変化でした。

ーー 2026年以降、どのようなことがイノベーション活動への大きな変化につながると注視していますか。また、イノベーションをどのように捉えて、どのような変化を起こそうとしていますか。

松本氏:2026年以降は、イノベーション活動の「成果(インパクト)」がより厳密に問われる時代になります。単なる提携数や実証実験(PoC)の数ではなく、「実際に社会的・経済的価値を生んだか」が評価軸となります。 我々はイノベーションをシュンペーター的な「新結合」と定義し続けていますが、今後はその結合の範囲が、同業種間だけでなく、スタートアップ、アカデミア、そして国境を越えたグローバルな連携へと、より多層的かつ複雑になります。そのような環境下で、最適なパートナーを瞬時に見つけ出し、信頼関係を構築するための「質の高いマッチング」と、それを支える「IMSの導入支援」を両輪で推進し、日本企業の勝ち筋を作っていきたいと考えています。

私は、「1対1(Bilateral)」から「多対多(Multilateral)」への連携モデルのシフトを注視しています。これまでのオープンイノベーションは、大手企業A社がベンチャー企業B社と組む、といった1対1の関係が主でした。しかし、サーキュラーエコノミーの構築や、スマートシティの実現といった巨大なテーマは、2社の連携だけでは解決できません。

2026年は、複数の大企業、スタートアップ、大学、自治体が参加する「コンソーシアム型」あるいは「プラットホーム型」「エコシステム型」のイノベーションが主流となるでしょう。ここでは、協調領域(データを共有し、共に基盤を作る領域)と競争領域(その基盤の上でサービスを競う領域)の明確な切り分けが求められます。

さらに、イノベーションをどのように捉えるかという点について、私は「技術革新(Invention)」から「社会実装(Social Implementation)」への重心移動を提唱したい。 世の中には既に素晴らしい技術が溢れています。日本の中小企業にも、世界を変えうる技術が眠っています。足りないのは、新しい技術ではなく、それを社会のシステムやビジネスモデルに組み込む「実装力」です。

注目している技術


ーー注目している技術、技術カテゴリについて教えてください。

松本氏:特定の製品技術以上に、「イノベーションを加速させるための技術(InnoTech)」に注目しています。 具体的には、AIを活用した「技術・ニーズの探索高度化」や、組織内の暗黙知を形式知化するナレッジマネジメント技術です。 また、カテゴリとしては「GX(グリーントランスフォーメーション)」関連技術です。これは単なる環境対応ではなく、マイケル・ポーターの言うCSV(共通価値の創造)の最たる例であり、日本企業が強みを持つ「すり合わせ技術」が活きる領域だからです。省エネ、新素材、再エネ技術などは、世界が求める「社会的価値」と直結しており、イノベーションの源泉として引き続き最重要視しています。

また、具体的には、マテリアルズ・インフォマティクス(MI)と自律実験にも注目しています。
日本の製造業の最大の資産は、長年蓄積してきた「材料データ」にあります。化学、素材メーカーが持つ膨大な実験データは、AI時代における「新たな石油」です。MIは、AIを用いて材料の組成や構造から物性を予測し、開発期間を数分の一に短縮する技術です。さらに注目すべきは、MIとロボティクスを組み合わせた「自律実験ラボ(Autonomous Lab)」です。AIが実験計画を立て、ロボットが合成・評価を行い、その結果をAIが学習して次の実験を計画します。人間では到達不可能なスピードで新素材を発見できます。日本が素材産業での優位性を維持するためには、この領域への投資が不可欠です。

2026 年、オープンイノベーションに関して


ーーリンカーズのようなオープンイノベーション支援のビジネスマッチング仲介会社に期待する役割などに変化はありますか。

松本氏:役割は「単なる紹介屋」から「イノベーション・プロセスの戦略的パートナー」へと大きく変化しています。ISO 56001時代において、外部パートナーの探索は、思いつきで行うものではなく、システムの「支援体制(リソース)」の一部として組み込まれるべきプロセスです。仲介会社には、単に企業をリストアップするだけでなく、クライアントのイノベーション戦略を深く理解し、「なぜその技術が必要なのか」「どう組み合わせれば価値が出るのか」という仮説構築まで踏み込んだ提案が求められます。 リンカーズは、まさにその「目利き」と「文脈の理解」を提供できる稀有な存在として、企業のIMS構築を実戦面から支えるインフラとしての機能を果たしていくと確信しています。
「単純なマッチング(Listing)」の価値はゼロに近づき、「文脈の翻訳と合意形成(Context & Consensus)」の価値が極大化します。

「情報の壁」を超える「意味の壁」の克服
大手企業が「脱炭素技術が欲しい」と言ったとき、その真意は何なのか(コスト削減か、新規事業か、広報目的か)。中小企業が「独自のメッキ技術がある」と言ったとき、それが大手企業のどの課題に適用可能なのか。この「ニーズとシーズの意味的結合」は、AIにはまだ難しいです。ここには、リンカーズが強みとしてきた「ヒューマン・タッチ」が不可欠です。松本として強調したいことは、「技術を理解し、人を理解し、組織の力学を理解する」イノベーション・プロデューサーの重要性が、AI時代だからこそ高まるという逆説です。

受動的仲介から能動的オーケストレーションへ
また、期待される役割は「言われたものを探す(受動的)」から「勝てる組み合わせを提案する(能動的)」へと変化します。仲介会社は、クライアント企業の事業戦略を深く理解し、「御社の2030年のビジョンを達成するためには、この技術が足りない。そしてその技術は、実は異分野のこのスタートアップが持っている」という予見的な提案(Proactive Proposal)を行うことが求められます。これはもはや「仲介(Brokerage)」ではなく、「エコシステムのオーケストレーション(Orchestration)」です。リンカーズに期待されるのは、日本中に散らばる「技術の点」を、産業競争力という「線」につなぎ、社会課題解決という「面」へと昇華させるイノベーション・プロデューサーとしての役割です。

回答者

【2026年】年初インタビュー「製造業を取り巻く変化について」|リンカーズオープンイノベーション・エバンジェリスト松本毅氏

松本 毅
リンカーズ株式会社 Open Innovation Evangelist
(一般社団法人 Japan Innovation Network 常務理事・IMS エバンジェリスト)

【略歴】
1981 年に大阪ガス株式会社入社後、数々の新規事業創出に成功(冷熱利用技術開発、凍結粉砕機開発、受託粉砕ビジネス立ち上げ、薄膜型ガスセンサーの研究開発・事業化)、また技術開発国家プロジェクトの立ち上げにも従事(燃料電池プロジェクト、水素エネルギー製造・貯蔵プロジェクト、 GTL・DME プロジェクトなどの立ち上げ等)その後、技術企画室にて全社技術戦略の企画立案。海外との技術アライアンス戦略などを推進。2002年に人事部に異動後、日本発のMOT(技術経営)スクールを設立し、グループ会社にて教育事業を推進。2008 年 9 月、技術戦略部 オープン・イノベーション担当部長、 2009 年 4 月、初代オープン・イノベーション室長。
2016年4月以降、ナインシグマ・ジャパン ヴァイスプレジデント、ナインシグマ・アジアパシフィック顧問。2019 年 3 月より一般社団法人Japan Innovation Network 常務理事に就任しIMSエバンジェリストとして活動。大阪大学大学院工学研究科ビジネスエンジニアリング専攻 客員教授を兼任。
2020 年 11 月よりリンカーズ株式会社 オープンイノベーション・エバンジェリスト就任。

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