• 配信日:2025.12.25
  • 更新日:2025.12.25

オープンイノベーション Open with Linkers

イノベーションマネジメントの実践知:理論から成功事例まで

この記事は、リンカーズ株式会社が主催したWebセミナー『実務と理論から迫る イノベーションの成功条件~オープンイノベーション徹底解剖アカデミア編~』のお話を編集したものです。

国立大学法人東京農工大学 大学院 工学府産業技術専攻 副専攻長 教授 林田 英樹(はやしだ ひでき)様が、日本企業のイノベーション創出における現状と課題を詳細に解説。

日本の競争力が 20 年間で大幅に低下している現実から、ダイナミックケイパビリティ・両利きの経営・心理的安全性・ ISO56000 といったイノベーション理論の実践的活用法まで、豊富な企業経験に基づいた知見を紹介しています。

さらに日本企業特有の「壁」の分析から、新規事業が成功しやすい領域の特定、独自開発の「イジングモデル」による定量的評価手法まで、イノベーションマネジメントの実践知を体系的に語ってくださいました。

日本の国際競争力の現状


イノベーションマネジメントの実践知:理論から成功事例まで

まず、日本の現状を俯瞰してみましょう。画像は経済産業省が調査した、 2006 年と 2022 年の日本の競争力を比較したグラフです。縦軸が世界市場の規模、横軸が日本企業の世界シェアを表しています。

オレンジ色の自動車産業は現在も高いシェアを維持していることが一目でわかります。一方、ほぼ消失してしまったのが、濃い青と薄い緑で示されるエレクトロニクス関係の製品や、電子材料の部品・装置などです。

2000 年代前半の日本には、数千億円規模でほぼ 100 % に近い世界シェアを持つ事業が数多く存在していました。しかし 2022 年にはそうした事業はほとんどなくなり、残っているものもシェア率が 50 %を下回っています。文科省や経産省などは「まだまだいける」と私たちを励ましてくださっていますが、残念ながら 20 年前と現在を比較すると、日本の産業は明らかに空洞化しているのです。

日本の現状を見ると、「私たちの子供世代が幸せに暮らせる、今よりも良い社会を築いていけるのか」という疑問を感じずにはいられません。

イノベーションマネジメントの実践知:理論から成功事例まで

例えば、 100 年前は先進国だったアルゼンチンが現在は先進国から脱落しています。日本はアジアで初の先進国になりましたが、既に GDP は中国に抜かれ、ドイツにも抜かれ、韓国とほぼ並んでいる状況です。この現実をしっかりと直視し、思い切った改革でイノベーションを起こしていかなければ、第二のアルゼンチンになる可能性があります。

イノベーション創出の困難さ


イノベーションマネジメントの実践知:理論から成功事例まで

企業にとってイノベーション創出は非常に重要ですが、簡単にできることではありません。これはどこの国でも同じです。私がオランダの DSM 本社で働いていた際、現地の同僚や上司は「イノベーションは本当に難しく、何をどうすればいいのかよくわからない」と、いつも言っていました。

直近の NTT データの調査でも、イノベーションの目標を達成できたと答えた経営幹部はわずか 21 % 。何が問題になっているのか聞くと、「組織文化」がイノベーションの障壁になっていると回答する経営者が多いのです。

また、アメリカのボストンコンサルティンググループの調査では、「イノベーションの準備ができている」と評価された企業は全体のわずか 3 % でした。このように日本企業に限らず、世界中の多くの企業にとってイノベーションを興すことは極めて困難なのです。

イノベーションマネジメントの理論的基盤


イノベーション創出は困難ではありますが、それでも企業は創出に努めなければ、生き残っていくことは難しいでしょう。ここからはイノベーションに関する理論についてお伝えします。
イノベーションには理論的基盤として4つの重要な概念があり、これらを基にしたマネジメントを行うことが企業に求められています。

1. ダイナミック・ケイパビリティ(環境変化に対応する能力)

イノベーションマネジメントの実践知:理論から成功事例まで
イノベーションマネジメントの実践知:理論から成功事例まで

ティース教授が 2007 年に提唱した概念で、感知(センシング)、補足(シージング)、変容(トランスフォーミング)という要素から構成されます。ダイナミック・ケイパビリティは、企業が環境変化に対応して自分たちの持つリソースを再構成・統合・活用する能力のことで、これらを踏まえてマーケティングを行い、しっかりと収益を上げていく新しい取り組みを推進することが重要とされています。

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「環境変化の感知」を、確かなデータと専門家の知見で支援。
Linkers Research」は、世界中の先端技術や市場動向を、各分野の専門家とAIが協働して徹底調査します。客観的な外部データを取り入れることで、変化の兆しを正しく捉え、次なる一手の判断をサポートします。

2. 両利きの経営(既存事業と新規事業の同時推進)

イノベーションマネジメントの実践知:理論から成功事例まで

オライリー教授とタッシュマン教授が2004年に既存事業の拡大・強化と新規事業の探索を同時に行うことの重要性を説いた理論です。既存事業と新規事業では取り組み方が異なるため、ある部分は分離し、ある部分は統合する、そのバランスが重要となります。また、既存事業を担当する人と新しいことに取り組む人との間のブリッジング機能も大切だと言われています。

3. 心理的安全性(失敗を恐れず意見を表現できる環境)

イノベーションマネジメントの実践知:理論から成功事例まで

エドモンドソン教授が 1999 年に提唱した概念です。「こんなことを言っても大丈夫かな」という心理的な不安がなく、様々なことを素直に話せる環境づくりが重要だとしています。新しいことに挑戦する際、うまくいかないのは当たり前。仮に失敗しても「この方法は良くないということがわかった」とポジティブに理解し、周囲もそのように評価することが大切です。

4. ISO 56000(イノベーション活動を体系的に管理)

イノベーションマネジメントの実践知:理論から成功事例まで

今回のセミナーのメイントピックでもある「イノベーションマネジメントシステム( IMS )」は、世界中でイノベーションが困難な状況を受けて、「最低限これだけはやることが大切」という要素を標準化したものです。戦略の方向性、リーダーシップ、組織文化、オペレーションプロセスなど、重要な要素が網羅されています。これらの要素をトップマネジメントが理解し、部下に当たるミドルマネジメントが新しいことにチャレンジしていく文化を組織全体に浸透させていくことが重要になります。

次のページ:イノベーションの壁、定量的評価方法、新規事業の成功領域などを紹介します