- 配信日:2024.09.20
- 更新日:2024.09.20
オープンイノベーション Open with Linkers
新規事業創出のプロセス・課題・事例~カシオ計算機に学ぶ~
新規事業における課題と失敗するケース
ここまでに紹介したオープンイノベーションを駆使して新規事業を作りたいという企業は多いでしょう。新規事業の創造プロセスを、リンゴの収穫に例えたのが画像のイラストです。
まず交配したリンゴの種をたくさんまいて、そのうちいくつかを選んで育ててみます。その中から美味しいリンゴが実るであろう木を剪定して、肥料をあげて草刈りや受粉をしてあげて、収穫量が増えるように作業を改善しながら大きく成長させます。リンゴができたら収穫し、マーケットに合わせて加工しながら販売します。
それぞれの工程で全く違う作業を行うため、担当する人に求められる力も異なります。最初のフェーズでは生み出す人の力が必要ですし、その人が持つ暗黙知を理解して形式知にする人の力や、生まれた事業を管理して大きくしていく人の力、作業や製品を改善してより良くする人の力が必要です。
しかも、新規事業は画像のような流れで進むとは限りませんし、プロセスを進めている間にユーザーのニーズが変わり、製品を完成させても買ってもらえないこともあります。次第に種を交配して育てる人たちと、それを管理して売る人たちとの間で意思や熱量に差が生まれてしまい、事業が立ち行かなくなってしまうことも珍しくありません。
こちらの画像は新規事業が失敗するパターンを図示したものです。何から始めれば良いのか分からず、とりあえずトレンドを調査して乗っかると失敗するリスクが高まります。
だからこそ「誰もやっていないことを企画したい」という意見が強まると思いますが、ユーザーに聞いても何が欲しいのかユーザー自身も分かっていないためにニーズを把握できず、何かしらアイデアを出すものの本当に売れるのか社内で批判され、合意が取れないというケースも多いです。次第に弱腰になり、自分たちで考えても社内では承認されないという無力感を覚え、新規事業を考えるユニークなセンスを失うという結果に陥ってしまいます。
これらのパターンが続くと、頭の中が「失敗したくない」という気持ちでいっぱいになります。このままでは新規事業は一向に前進しません。
既存事業を持つ企業が新規事業を創出するときの課題として良くあるのが画像のようなケースです。既存事業の成長には QMS (クオリティマネジメントシステム)が有効に機能してきた歴史があって、いわゆる PDCA サイクルを回して改善を繰り返し上手くやってきたという成功体験があります。その分、新規事業を創造するときに避けては通れない不確実性を良しとしない傾向が強まりがちです。
例えば、QMS でマネジメントされる不良率を低下させるための仕事では、工程改善を繰り返すことで不良率が下がります。しかしそれだけでは下がりきらず、設計改善をします。そうすると更に下がり、品質も良くなり、顧客も増え、売上も増えるのですが、やがてやることがなくなります。改善 PDCA を繰り返しても、やがて成果がでなくなります。収益を更に上げるためには商品価値を上げる開発が必要なのですが、効率追求の改善 PDCA に慣れすぎてしまうと、成果が読み切れない「知の探索」が出来なくなってきます。
カシオの新規事業の事例
ここからは弊社の新規事業の事例を紹介します。
既存事業の新領域事例:時計のマルチバンド6とGNSSハイブリッド
まず時計のマルチバンド6と GNSS * ハイブリッドのケースを挙げます。
日本だけでなく世界に電波塔が立っていて時間を発信しています。この電波を受信する時計を開発し深化させてきたのですが、突き詰めるごとに追加できる機能がどんどん少なくなってきました。そこで電波時計とは別に研究してきた GNSS 、BLE * を搭載することで新しい機能を搭載することに成功。深化が行き詰まりかけた段階で新しい取り組みを行うことの重要性がお分かりいただけると思います。
新たな鉱脈を見つけるには、既存の事業や製品を深化させるだけでは不十分で、探索が必要です。
*GNSS:Global Navigation Satellite System。衛星測位システムの総称。
*BLE:Bluetooth Low Energy。
新規事業の事例1:プリントペンディングマシン
こちらはプリントペンディングマシンの事例です。必要なときに街角で使える共用写真プリンタというコンセプトで開発しました。写真の印刷はたまにしかしないのに高価なプリンタを買うことに不満を感じるユーザーのニーズに応える目的で作られたもので、使いたいときだけ使えるプリンタとして展開しました。
このプリンタについてカシオで内製できたのは、高速フルカラープリンタと複数台のプリンタを連携する制御ソフト開発と外観の意匠、売上・故障・消耗品管理システムとそれらの遠隔監視・運用システムの開発でした。弊社には自動販売機を作るノウハウがなかったため、自動販売機メーカーに協力してもらったり、PC 周辺機器メーカーにメモリーカードリーダーを作ってもらったり、PC メーカーにタッチパネルコンピュータを作ってもらったりしました。このような形でオープンイノベーションにより完成したのが画像のプリントペンディングマシンです。
しかしプリントペンディングマシンは 10 年ほどで終わりを迎えます。理由は探索ではなく深化ができなかったためです。メモリーカードの進歩が著しく、それに対応するためのカードリーダーの改造が繰り返されました。日本全国に設置していたので、費用と時間がかかり採算も合わず、利益を出すために経費を抑えたい判断もあり改造を躊躇(ちゅうちょ)してしまいました。その結果、競合にニーズを奪われ、事業としては終焉を迎えました。
独自性はあっても深化させなければ上手くいきません。新規事業は深化と探索、どちらも必要です。
新規事業の事例2:AIペット『Moflin』
こちらはかなり独自性の強い最近の事例です。 AI ペット『 Moflin 』を制作しました。ビジネスの調査研究で AI ペットのニーズがあることを漠然と把握しており、提供価値の探索活動に注力してロボットベンチャーと共同でバイオミメティクスの研究開発を実施。クラウドファンディングもあわせて行うことで実現しました。
「小動物を模したロボットによる愛おしさの表現技術と感性価値」というテーマで日本機械学会にも学術的に発表しております。『 Moflin 』の元となったのはウサギをモチーフにした骨格ロボットです。このロボットのパーツの中で、2軸の動きで「愛おしさ」を表現するために必要な部分のみを残して毛皮をくっつけることで『 Moflin 』となりました。
講演者紹介
水品 隆広 氏
カシオ計算機株式会社 開発本部 事業イノベーションセンター フェロー
【略歴】
1988 年 カシオ計算機株式会社に入社
電子文具の研究開発に従事
ラベルプリンタ、フォトプリンタを開発
デジタルプリントサービス事業創出
2004 年 メカトロニクスの研究開発室 室⻑
電磁モーター、超音波モーターの研究開発、デジタルカメラの手ブレ補 正機構などの研究開発
2009 年 研究開発センター事業開発部 部⻑
世界初のモーションセンサと GPS によるハイブリッド位置測位機能搭 載デジタルカメラの開発
モーションセンサによるスポーツ動作解析の研究開発、応用商品の開発 ロボットの動作による感情表現の研究開発
その他、光学応用技術、音響技術、メカトロニクス、各種生体センサ関 連、医療関係の新規事業創出のための開発テーマを推進
2022 年 新技術統轄部 統轄部⻑
現在は、開発本部 事業イノベーションセンター 新技術研究開発担当フェローとして業務を推進
オープンイノベーションを支援するリンカーズの各種サービス
◆技術パートナーの探索には「 Linkers Sourcing(リンカーズソーシング)」
Linkers Sourcing は、全国の産業コーディネーター・中小企業ネットワークやリンカーズの独自データベースを活用して、貴社の技術課題を解決できる最適な技術パートナーを探索するサービスです。ものづくり業界の皆様が抱える、共同研究・共同開発、試作設計、プロセス改善、生産委託・量産委託、事業連携など様々なお悩みを、スピーディに解決へと導きます。
◆技術の販路開拓/ユーザー開拓には「 Linkers Marketing(リンカーズマーケティング)」
Linkers Marketing は、貴社の技術・製品・サービスを、弊社独自の企業ネットワークに向けて紹介し、関心を持っていただいた企業様との面談機会を提供するサービスです。面談にいたらなかった企業についても、フィードバックコメントが可視化されることにより、今後の営業・マーケティング活動の改善に繋げていただけます。
◆技術情報の収集には「 Linkers Research(リンカーズリサーチ)」
Linkers Research は、貴社の業務目的に合わせたグローバル先端技術調査サービスです。各分野の専門家、構築したリサーチャネットワーク、独自技術データベースを活用することで先端技術を「広く」かつ「深く」調査することが可能です。研究・技術パートナー探し、新規事業検討や R&D のテーマ検討のための技術ベンチマーク調査、出資先や提携先検討のための有力企業発掘など様々な目的でご利用いただけます。
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