• 配信日:2022.11.22
  • 更新日:2024.09.27

オープンイノベーション Open with Linkers

戦略的なオープンイノベーションの考え方〜学術視点からのイノベーション

「ボトルネックでこそ価値が生まれる」という考え方


オープンイノベーション戦略について研究していると、以下のような意見をもらうことがあります。

「自社のお客様が満足するよう製品を磨いていくことで付加価値を見出してくれる」

一理あると思いますが、戦略論の観点からすると、この意見は幻想に近いといえます。その理由を、以下2つの思考実験の結果からお伝えします。

まず「ボトルネックでこそ価値が生まれる」という考え方を、社内のプロセスで見ていきます。

戦略的なオープンイノベーションの考え方〜学術視点からのイノベーション

自社が、ある部品の「生産」「組み立て」「販売」の3つの機能で成り立っているとしましょう。図にある3つの機能の縦軸が「処理能力」です。処理能力が一定なら企業全体の能力が決まりますが、一般的には差が生まれます。

戦略的なオープンイノベーションの考え方〜学術視点からのイノベーション

例えば「生産」「組み立て」の処理能力は高くても「販売」の能力が低い場合、「販売」の能力(=ボトルネック)が企業全体の能力になります。

戦略的なオープンイノベーションの考え方〜学術視点からのイノベーション

この場合、販売力の向上に経営資源を投入することで経済的な価値が高まり、企業全体の能力も向上します。しかし、「販売」に経営資源を投入せず、既に処理能力の高い「生産」「組み立て」に投入してしまうと、無駄な努力になってしまうと予想できます。

次に社外プロセスで見ていきます。

戦略的なオープンイノベーションの考え方〜学術視点からのイノベーション

次に自社をビデオカメラメーカーだと想定し、顧客はビデオカメラを買って動画を撮影するとします。さらに顧客は動画を撮影するだけでなく、動画をディスプレイに表示させたり、インターネット経由で SNS に投稿したりすることで価値を享受します。つまり、顧客はビデオカメラだけでなく、ディスプレイと光通信(補完財)も一緒に買うことで価値を感じるということです。

戦略的なオープンイノベーションの考え方〜学術視点からのイノベーション

このケースでも「ディスプレイ」「ビデオカメラ」「インターネット」の性能が一定とは限りません。図のように「ディスプレイ」「ビデオカメラ」の性能は高いけれど、インターネットの速度が遅かったり、ソフトを圧縮する技術がなかったりすると、顧客が享受する価値はインターネットの性能で頭打ちになってしまいます。より性能の高い「ビデオカメラ」を作っても、顧客にとってはオーバースペックになってしまう可能性があるのです。

戦略的なオープンイノベーションの考え方〜学術視点からのイノベーション

ここでオープンイノベーションを行う場合、専門分野である「ビデオカメラ」で品質向上を狙っても、顧客が享受する価値の上昇にはつながりにくい傾向があります。

戦略的なオープンイノベーションの考え方〜学術視点からのイノベーション

理想は性能の良い「ディスプレイ」と「インターネット」があり、さらに「ビデオカメラ」の性能も上がることで顧客が享受する価値も上昇する状態です。

ディスプレイメーカーでもインターネットの業者でもないビデオカメラのメーカーが、この状態を作り出すために、オープンイノベーションが効果的に働きます。すなわちオープンイノベーションは補完財に対して行うのが重要だということです。

オープンイノベーション事例~参入障壁を下げて補完財を充実させた GE アビエーション


具体的な事例として GE アビエーション(以下 GE )のオープンイノベーションを紹介します。

戦略的なオープンイノベーションの考え方〜学術視点からのイノベーション

GE の重要な事業の1つにジェットエンジンがあります。ジェットエンジンとは飛行機に装着するもので、装着には「ブラケット」というものが必要です。ジェットエンジンにとってブラケットは補完財といえます。

機体の軽量化のために、ブラケットをできる限り軽くすることが求められました。しかし、ジェットエンジンのような大きな圧力がかかるものを支えるには強度が必要です。軽量でかつ強度の高いブラケットを開発することはとても困難でした。

戦略的なオープンイノベーションの考え方〜学術視点からのイノベーション

そこで GE は自社のジェットエンジンを稼働させると、どの部分にどれくらいの圧力がかかるのかといったデータを社外に公開し、ブラケットの設計図を募りました。結果、世界中から新しいブラケットの設計図が集まりました。

GE の事例はグローバルにアイデアを募った成功例といえますが、このようなオープンイノベーションは既に日本企業でも行われています。 GE の事例において重要なのは、基本に忠実なオープンイノベーションの戦略が背後にあったということです。

戦略的なオープンイノベーションの考え方〜学術視点からのイノベーション

世界中から優れたブラケットの設計図が集まった際、 GE はその中からベスト8を決めて、その8つの設計図を誰でもダウンロードできるようインターネット上に公開しました。優れた設計図を公開することでブラケットの設計能力がコモディティになり、ブラケットメーカーの参入も相次ぎました。結果、競争が生まれてブラケットの性能が上がり、ジェットエンジンの性能こそが顧客の享受する価値になったのです。

整理すると、GE はジェットエンジンのデータをオープンにして設計者の参入障壁を下げつつ、競争を生み出すことで優良なブラケットの値段を下げて顧客に提供することができるようになりました。

補完財のレベルアップにオープンイノベーションを活用する


戦略的なオープンイノベーションの考え方〜学術視点からのイノベーション

改めてオープンイノベーションとは、

  • ・オープン:排他的でなく、誰でも参入できるように仕組みを作る
  • ・イノベーション:発明ではなく価値づくりに直結する

ということです。言い換えれば「補完財の参入障壁を下げることで自社の経営資源の価値を高める」ことになります。
そのためにまずやるべきことは、他社に負けない経営資源は何かを考えることです。先ほどの GE の事例は、一見すると他のジェットエンジンメーカーにも有利な戦略に思えるかもしれません。しかし GE はジェットエンジンの能力向上は他社に負けない経営資源であり、顧客が最も満足するジェットエンジンを提供できるのは GE であると考えていたため、先述の戦略を取りました。
他社に負けない経営資源が見つかったら、その経営資源が顧客の価値を決定的に左右するように、補完財のレベルをアップさせられないかを考えます。このときにオープンイノベーションを活用してレベルアップさせてほしいというのが、私から日本企業に問いかけたいことです。

【補足】
本記事のお話について、詳しい内容をご希望の方は、清水洋教授の以下の著書・編著をご参照ください。
『野生化するイノベーション』(新潮選書)
『イノベーション』(有斐閣)
『オープン・イノベーションのマネジメント』(有斐閣)

講演者紹介

戦略的なオープンイノベーションの考え方〜学術視点からのイノベーション

清水 洋 氏
早稲田大学 商学学術院 教授

【略歴】
1973 年生まれ。2007 年 London School of Economics and Political Science より Ph.D 。
Eindhoven University of Technology ポストドクトラルフェロー、一橋大学イノベーション研究センター専任講師、准教授、教授を経て、2019 年4月より現職。
イノベーションのパターンを企業の競争戦略、組織構造、産業組織の観点から分析している。
著書は『アントレプレナーシップ』(有斐閣、2022 年)、『イノベーション』(有斐閣、2022 年)『野生化するイノベーション』(新潮選書、2019 年)、『ジェネラル・パーパス・テクノロジーのイノベーション:半導体レーザーの技術進化の日米比較』(有斐閣、2016 年)など多数。
『ジェネラル・パーパス・テクノロジーのイノベーション:半導体レーザーの技術進化の日米比較』で、第 59 回日経・経済図書文化賞、第 33 回組織学会高宮賞。
General Purpose Technology, Spin-out, and Innovationでシュンペーター賞。

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【寄稿文】企業の研究開発と経営戦略のより強い結びつきを

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